第08話「才能と愛称」
マルティナの視力やケガが回復する翌週まで、ハルトムートとベルのパーティー戦績は五勝二分け一敗とかなりの勝率を
その間にも彼女の稽古は着実に段階を進め、今ではベルと組み手をするまでになっている。
ハルトムートも「仲間の動きを知ることは大切だ」と立ち稽古を始めたのだが、未だに十分以上続けられたことがないことを考えると、マルティナの成長ぶりは驚くべきものだった。
「ぶひゃ」
「よし、今日はここまでだ」
手の甲を触れさせただけの姿勢から、すとんと転がされたマルティナを起き上がらせ、ベルはあご先を流れる汗を拭く。
実はベルが実技戦闘で汗をかいたことなど今までに一度もなく、練習とはいえ、彼に汗を流させたマルティナの上達ぶりはやはり目覚ましい。
だが、あまりにも普通に練習をこなすマルティナのせいで、だれもそれには気づいていなかった。
「はぁ、やっぱりベルさんは強いです」
「当たり前だ。俺は
「それはそうなんですけど……」
それでも、こんなに集中して一つのことを練習したのは初めてのことなのだ。
言われた稽古もだんだんうまくできるようにはなっているが、
強くなっている。という実感が、マルティナにはまったくわいてこなかった。
「それよりどうだい? 例のギフト強化の算段は」
このパーティで唯一のギフテッドであるマルティナのギフト強化は急務でり、
とはいえ、ギフトの強化などそう簡単にできるものではないのだ。
ギフト専用武器の開発・製造も含めて、それには年単位で莫大な資金を投じることになるのが普通だった。
「あ、ギフト監督官さんのおかげで、起動ワードで使い分けられるようになりました! ありがとうございます!」
しかし、マルティナのあっけらかんとした返事は、予想をいいほうに裏切った。
優雅に紅茶を飲んでいたハルトムートは盛大に
汗をタオルで拭いていたベルも、また目を見開くことになった。
「ごほっ、フ……フロイライン、それはギフト強化がもうできたってことかい?」
「はい! 今はギフト監督官さんが、わたし用のギフト専用武器を作ってくれています!」
心の底から嬉しそうに、マルティナは報告をする。
ギフト専用武器は、冒険者として身を立てたものが数年お金をためて、やっと出来上がるのが普通だ。
もしくは王立学院の成績優秀者となるか、パトロンとなる貴族にでも出会わなければ手に入るものではない。
ギフト一つ一つの特性をギフト監督官と職人が精査し、最も力の発揮できる形状を作り上げる。
平民出身で『ハズれギフト』しか持ち合わせていない彼女にしてみれば、自分専用の武器が作られるなど、夢にも思っていなかった。
「……ハルト、お前の『人を見る目』ってのは、このバケモノを見極めてたのか?」
あきれ顔で、汗を拭いていたタオルをテーブルに置くと、ベルは水を飲む。
ハルトムートは頭を横に振り、ハンカチで口の周りをぬぐった。
「さすがにそれはないよ、ベル。伸びしろがあるだろうというのは確信していたが、まさかこんなバケモ……いや失敬、天才だったとは。ぼくも驚くばかりさ」
口々に褒められ、しかしその言い方に少々腑に落ちないものを感じて、マルティナはぷくっと頬を膨らませる。
ハルトムートはあわてて話の矛先を変えた。
「しかしその『ハルト』という呼び方は未だに慣れないな」
「そうか? 呼びやすくていいと思うぞ」
「そうですよ。わたしも親しみがこもっていて、いい愛称だと思います」
パーティを組んでから、戦闘中に呼びにくいというベルからの発案で、三人は愛称で呼び合うようになっていた。
ベル、ハルト、マリー。
呼び方を変えただけでこんなに気持ちが変わるものかとマルティナが驚くほど、三人の心の距離は一気に近づいた気がした。
「いや、友人に『ハル』と呼ばれたことあるが、『ハルト』というのは中途半端じゃないか」
「却下だ。『ハル』だと『ベル』とまどろっこしいだろ」
「そうですよ、ハルトさん。わたしも短い愛称で呼んでほしいのに、『マル』はだめだって却下されたんですから」
「それこそロバートなんだから『ロビー』に『ハル』『マリー』でいいじゃないか」
「それじゃあロビーとマリーがまどろっこしいだろ。それに俺はもうベルで慣れてしまった。今更違う呼び方をされても反応が遅れる」
自分勝手にも聞こえるベルの言葉でこの話は終わった。
ハルトムートとしても、話の矛先を変えるという当初の目的は果たしたのだ。
もともとそんなにこだわっていた訳ではないので、話が終わることに異論はなかった。
「ベル、ハル、マルのほうがお揃いみたいでいいなぁって思ったんですけどねぇ」
まだぶつぶつ言っているマルティナを無視して、ベルはもう次の実技戦闘に向けて、ハルトムートと作戦を練っている。
次はいよいよエッポとの……いや、カミルとの戦闘になる。
マルティナも合流しての初戦には厳しい相手ではあったが、ベルの気持ちは
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