第10話「邂逅」

 その後、勢いに乗ったハルトムートたちのパーティは、何度も勝利をつかんだ。

 エッポの怪我で、エミルが実技戦闘リーグ戦に出ないこともあって、最初のうちは無敵なのではないかと思えるほど順調だった。

 しかし、学園内の序列が上位グループに数えられるようになると、対策も練られる。

 ベルとマルティナのスピードをパワーで殺し、中長距離からハルトムートの詠唱を妨害する。

 そんな単純な戦略で、ベルたちの勝率は半分にまで下がった。


「ふぅむ。どうしたものかな」


 稽古を終えたハルトムートがゆっくりと紅茶を飲みながらつぶやく。

 ハルトムートの実家に対射撃防御ブランドマウアーを手に入れるよう要請はしてあるが、狙った効果のマジックアイテムが都合よく手に入ることなどめったにないのだ。

 それに、とハルトムートは考える。

 射撃に対する防御魔法を張ったとしても、ギフトによる攻撃や、長槍ちょうそうなどの中距離武器には効果がない。

 こちらも射撃や妨害を行える戦力があったほうが、今後の戦い、さらには国選の冒険者パーティとして大迷宮の探索をするにも都合がいいと思った。


「どうしたもこうしたもあるか。ハルトは詠唱の簡略化を研究して、俺とマリーは基礎的な動きを突き詰める。それでいいだろう」


「詠唱を略するのは最近の流行はやりではあるが……ぼくにはできない」


「なんでですか?」


 ベルの分かりやすい提案と、それに対するハルトムートの煮え切らない答え。

 稽古が終わったばかりだというのに、まだ基本の型を復習しているマルティナは首を傾げた。


「ハルトさんは六大精霊すべてと契約するくらいの天才なのに」


「だからこそ、だよ。フロイライン」


 自分が天才であることは否定せず、ハルトムートは笑って説明した。

 詠唱の省略は「くだけた口語」のようなものだ。

 六大精霊にはそれぞれに対立している精霊があり、本来ならその両方と同時に契約を結ぶことはできない。

 それでも、彼の持つ生命力オド魔法元素マナを結びつける龍脈は強く、それぞれの反発を御しながら契約を結んでいるのだ。


「だからこそ、例えば現代では『グリモワール七十二しちじゅうにの契約によって』という、ソーサラーによっては『グリモワールにより』まで短縮する呪文も、ぼくは古風に……まぁ正式にと言ったほうがいいかな『グリモワール七十二しちじゅうにの悪魔との契約によりて』と詠唱するんだ。無理を言って契約してもらってる身分だからね、礼を欠くことは許されないのさ」


 魔法を使えない二人にとって、ハルトムートの言葉は「そういうものなのか」と受け入れるしかなかった。

 魔法の発動がこれ以上高速化できないのであれば、ベルとマルティナの攻撃速度や安定感を上げるか、飛礫つぶてのような飛び道具を戦いに組み入れる方法が、最も現実的だ。

 あまり得意ではないが、やれることは何でもやってみよう。

 そう考えたベルは、地面に落ちている石をいくつか拾い集めた。


「わぁ~っはっはっはっは! ロバート! 久しいの!」


 かがんでいるベルの頭上から、高らかな笑い声が降り注ぐ。

 顔を上げ、眩しく輝く夕日に目を細めた視線の先で、柔らかな衣服をなびかせた華奢な人影が見えた。

 学園の庭にあるあずま屋ガポゼの柵。

 ベルの身長ほどもある真っ白な柵の上に、幼い少女が胸を張って哄笑していた。

 ハルトムートとマルティナが顔を見合わせる。


「……こんなところで何をしている、ヒルダ」


 困惑顔のベルがため息をつく。

 ヒルデガルドは自分を愛称で呼ぶベルの声を聞くと、ぱぁっと破顔した。


「そうじゃ! 余じゃよ!」


 柵の上から、両手をまっすぐにベルへ向ける。

 一瞬躊躇ちゅうちょしたベルだったが、あたりを見回すと歩み寄り、飛び込んできた少女を抱え下ろした。


「あぶないだろ」


「あはは! 平気じゃ! ロバートが受け止めてくれるじゃろ!」


 六~七歳にしか見えないその少女は、美しく編み込まれた亜麻色の髪から、ぴょこんと飛び出た一房の髪を揺らして笑う。

 顔の半分ほどもあろうかという大きな瞳は、ベルを見つめて輝いていた。


「で、なぜ王立学園こんなところに?」


 またベルに飛びつこうとするヒルデガルドを制して、ベルがもう一度問いただす。

 かわいらしい薄紅色の唇がにぃっと笑い、答えようとしたところへ、「殿下ぁぁぁ!」という悲鳴に近い女性の声が近づいてきた。


「ちっ、もうよったか」


 一瞬前と同じ少女とは思えないほど悪い顔で、ヒルデガルドは舌打ちをする。

 仕方なくベルにぎゅっと抱き着いた後、彼女は二~三歩ベルから離れた。


「ロバート、余はやっと御父上にの学園編入を認めてもらったのじゃ! 今日のところは退散するが、またすぐに戻ってくるぞ!」


 上品なスカートのすそを軽く持ち上げ、マルティナとハルトムートにあいさつすると、「楽しみにしておれ!」と言い残し、ヒルデガルドは風のように立ち去る。

 その後すぐに現れたメガネのメイドは、ハルトムートに方向を聞くと、大きな胸を揺らしながら、息を切らせて走り去った。


「マジかよ……」


 頭を抱えるベルにマルティナとハルトムートが詰め寄った。


「いいい今のかわいらしいお嬢様はどなたですか? ベルさん!」


「ベル! 今のメイド、さっきのお嬢さんフロイラインのことを『殿下』と呼んでいたぞ!」


 殿下という敬称が使われるのは、この国では王族に限られる。

 貴族であるハルトムートですら会ったことのない王族に、ベルが親しそうにしているのは意外だった。


「前にちょっと話したことがあるだろう。あいつは孤児だった俺をこの学園に推挙してくださったウィルヘンベルグ大公妃のお嬢さんだよ」


 ウィルヘンベルグ大公と言えば、ヴォーディガン二世陛下の母方の家系。

 つまり、ロシュ=ベルナールの家に連なる王位継承者であった。

 あまりに大きすぎる家名に呆然とする二人に向けて、ベルは言葉を継いだ。


「ヒルダは異能者ギフテッドだ。小さいころからギフトのもたらす力を制御できずに孤立してたらしい。……あいつは俺のことを『お気に入りの壊れないおもちゃ』くらいに思ってるんだ」


 何を思い出したのか、ベルは体をブルっと震わせた。

 その見慣れない姿を見て、マルティナたちの表情も真顔になる。

 夕日が学園を茜色あかねいろに染め、森へ帰る鳥たちの鳴き声が寂しく響いた。

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