五日目

 ピ……ピ……


「……ん」

 目覚まし時計の鳴り方に違和感を覚えた。


「電池なくなってきたのかな……? まあ、あと一日くらい大丈夫かな」



 行き慣れた駅へ向かう最中、突然見知らぬ若い女性に声をかけられた。


「あなた……」

「え?」

 何の恨みもないし、だいいち赤の他人なのだけど、人と会話するのは避けたい。


「ごめんなさい、人違いです! 私急いでるので!」

 私は体を翻してその場から走って立ち去る。


「……まあ、覚えてないのも当然か」

 彼女は私のことは追いかけることはしなかった。


「ごめんね。どんな手を尽くしても治せなかったんだ。せめてその残りの人生……自分勝手に、惜しみなく、大事に生きなよ」


 彼女は私の背中へそう言っているように聞こえたのだけど、何のことだかさっぱり。

 ひょっとして、怪しい宗教勧誘だったり? だとしたら逃げてきて正解だったかな……?


 今日の行き先は二駅先にある、どちらかといえば小規模な美術館。ここを選んだ訳は、私の中学生時代にある。

この美術館が行き先となっていた校外学習の前日に風邪をひき、私だけ行くことができなかったのだ。悔しくてたまらなかったため、リベンジという形で一度赴いておきたかった。


 館内は程よく暖かく、思ったよりも観客は多かった。


「色んな絵があるんだなあ……」


 子供の頃は絵を見て回るだけなんてつまらないと思っていたけど、案外楽しいものだ。様々なインスピレーションをもらえる。

そう思えたから、あの時行けなかったのも結果オーライ、かな。


 一つ、目にした瞬間引き込まれるような絵があった。

 左半分に描かれているのは髪の長い女性だ。斜め後ろを向いており、その表情は窺えない。

 そして、その身体の一部は沢山の小さな羽となり、右半分の空色の空間へと消えていく。


「……」


その服装、髪型……どことなく私に近くて。

まるで自分の運命を示しているかのように――



「だ、大丈夫ですか?」


「!」

 いつの間にか床へ尻餅をついてしまっていた。館員の人に声をかけられて慌ててその場を去る。


 なんだか怖かった。

 でも、ミステリー作家志望としては、怖いと同時に心が躍る。もし連載作の構想が浮かんだら、少しだけ参考にさせてもらおうかな……なんて。


 しかし、ここで問題が一つ。

「んーどうしよう……館内の展示品は全部撮影禁止なんだよねぇ……」

 もし撮影OKならさっきの絵を撮らせてもらおうと思ってたんだけど。


「あ、そうだ」

 私はポケットからあるものを取り出す。入場時に使ったチケットの半券だ。

 中学生当時、美術館へ行った感想を作文にし、入場券を貼り付けて提出という課題があった。私はそもそも行っていないため免除となったのだが。それに乗っかってみちゃおうか。


 私は休憩スペースの長椅子に座り、チケットの半券をパシャリ。


 一枚だけ。今日も約束守ったよ。


 フォルダにも、私の心にも、バッチリ保存された。


「中学生の私、無念は晴らしたぞ……!」


 明日はどこへ行こうかな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る