四日目
ピ……ピ……
「……!」
いつもと異なる音の連なりを耳にし、目が覚めた。
「そろそろ電池切れかな?」
リビングへと階段を駆け下り、電池類を入れた引き出しをチェックしたが、あいにく在庫はゼロだった。
「ま、すぐにはいっか」
電気屋に行く機会は自動的に生まれるだろうと考え、私は旅行を優先することにした。
今日の行き先はかなり遠方の地であり、電車を数回乗り継いでいく必要がある。途中で間違えたり乗り過ごすことのないよう、気を引き締めていきたい。
「よし、行ってきまーす!」
「……はあ」
腕時計によると、まだ所要時間の半分も経っていない。
膨大な時間を潰すために、書斎から文庫本をいくつか持って来たのだが、それらもすべて読了してしまった。
「何か面白いこと起こってないかなー」
寝てしまわぬようスマートフォンを開いてニュース記事を見ていると、気になる見出しが目に入った。
『前代未聞の疾患 発症は未だ一名』
親指でスクロールするほどに、衝撃的な事実が紐解かれていく。
『先日、~~医院においてこの疾患は明らかとなった。驚くことに発症してからおよそ一週間で死に至り、その期間に得た記憶を次の日にはすべて忘れてしまうという何とも奇妙だが恐ろしい症状である。人から人へ空気感染はしないということが判明しているが、現在のところ有効な治療法は一切存在しないとのこと。更なる患者を出さないため、現在医療機関による研究が進められており――』
「何その病気……やばいじゃん」
一週間で死ぬとか、癌も顔負けだよ。
でも、もし本当にすべて忘れてしまうんだとしたら、私が既にその病気にかかっていて、記憶の消滅が進んだ結果今に至るってのもあり得る。
最近起こったことを思い出せなかったのも、もしかしたら――
「……なんて、あるわけないか」
全国民のうち一人なんて……宝くじで一等当てるよりもあり得ないことだ。
ちょっと忘れっぽくなっちゃっただけだってさ。自分にそう言い聞かせながら、私はそのウィンドウを閉じた。
電車を降りてからも複雑な道を歩き、到着には更に一時間ほど要した。この時点で私の身体はへとへと。こんなにも汗をかいたのは久しぶりかもしれない。
しかし、この場所はその疲れを癒すために存在するのだから何一つ問題はない。
「今日の目的地は……皆大好き、温泉です! いえーい」
ここは日本でも最大級の温泉旅館であり、絶景の露天風呂に、地域の特産物をふんだんに使用した絶品料理を楽しめる他、カラオケやゲームセンターなども充実した、文句なしのおもてなし空間だ。
まあ、私は日帰りなんだけどね。
「はひゃあ……」
並々ならぬ疲労を溜めた後、綺麗な夕暮れの情景を見ながらの露天風呂は、幸せ以外の何ものでもない。思わず変な声が出てしまうくらいに、気持ちよかった。
加えて、この浴槽にいるのは私だけという貸し切り状態。
私は大変満足して、自分が上級身分にでもなったかのような気分を楽しんでいた。
のぼせない程度に長く浸かったのち、旅館を後にしようとすると、高い鳴き声が耳に入ってきた。
「チチチ……」
「ん?」
見上げると、ふっくらした小鳥が木の枝に二羽。
メジロだ。
仲睦まじいその様子は夫婦と見て間違いない。
「良いなあ、夫婦」
かれこれ二十年以上生きてきたけど、私の運命の人は現れてくれなかったよ。
「羨ましいから、写真撮らせてちょーだい」
細い枝に寄り添うように止まっているメジロの夫婦を素早く写真に収めた。
一枚だけ。今日も約束守ったよ。
フォルダにも、私の心にも、バッチリ保存された。
「ばいばーい」
薄暗い空へ飛んでいく二匹を、手を振って見送った。
明日はどこへ行こうかな……
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