三日目

 ピピピピ……ピピピピ……


「とうっ!」


 目覚まし時計の上部へ勢いよくチョップをかまし、布団から起き上がった。どことなく昨日はよく眠れた気がする。カーテンをシャっと開き、日差しにも挨拶。


「はーーっ……さて」


細かく砕いたりんごを入れたヨーグルトで朝食を済ませ、支度を始める。


「えっと……りんご園に猫ちゃんの島……今二枚か」

 書斎の端の机に乗せられた写真たちへ目を向ける。

 同じ場所へ行ってはいけないというルールだが、まだまだ行きたい場所は山ほどあるから困りはしない。


 が、少し気になる点があった。


 これ、選択肢が尽きるくらい旅行へ行き続けたらどうなるんだろう。

 そもそもこれを書いた時のことを覚えていないから、私が何を思ってこのような分を付け加えたのかも一切不明だし。

 それなのに何故か、この紙に書かれたこと、すべきだってことだけは、頭にこびりついて離れない。


「まあ、楽しいからいっか」

 昨日のうちにまとめておいた荷物を手に、私は外の世界へと乗り出した。


 今日の行き先は電車で一時間。音楽を聴いたり、外の景色を楽しんだりなどしていたらあっという間だった。

 歩いて目的地へ向かっていると、周りは既に同じ場所へ向かうであろう人たちで溢れている。


 今日来たのは、サッカーの試合が行われる場、この巨大なスタジアムだ。


 実は、子供の頃にとあるサッカーを題材にしたアニメに熱中してからずっと、プレーではなく試合を観戦することだけに、密かにハマっていた。テレビで中継映像を鑑賞するのも十分楽しいが、一度実際の試合を観てみたかったのである。

 スタジアム周辺は更に混みあっており、気を抜くと道に迷ってしまいそうだ。人の荒波をかき分けながら、何とか当日券の購入に至り、観客席への階段を上った。



「ほわあ……」

 

 キックオフがされると、テレビで見ていた映像なんて偽物だと思えてしまうほどに、そこは情熱と技術でないまぜだった。

 試合時間は前後半合計で90分ほど。

 長いととるか短いととるかは人によりけりだが、選手たちはそこへ全力を注いでいる。一分一秒も無駄にしないという思いで、ボールを追いかける。

 その先に待ち受ける展開が、どんなものだとしても。走り、蹴り、喜び、悔しがり、汗を流すのだ。


「……」


 優れた人物の存在を知ったとき、自らと比較してしまうのは、誰でも一度は経験済みだろう。


 私は?

 この毎日、無駄にしないように生きていると言えるだろうか。


 答えは出せない。だからこそ、今日ここで目の当たりにした光景を、一生忘れたくないと強く感じた。



 試合終了後、私は選手たちの去った芝生へ向けてカメラを構えた。


「よし、今日は……これ!」


 なるべくスタジアム全体が見切れずに映るように写真を撮る。静まりかえった空間に、威勢の良いシャッター音が響く。


 一枚だけ。今日も約束守ったよ。


 フォルダにも、私の心にも、バッチリ保存された。


 売店で買ったグッズたちと確かな満足感を抱えて、私は帰路に就く。そこかしこに散らばるネオンサインが、街を行く人々を照らすように輝いていた。


 明日はどこへ行こうかな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る