二日目

 ピピピピ……ピピピピ……


「ん~~」


 重たい瞼を開きながら目覚まし時計を止める。明かりを点け、日光を浴びてもいまいちパッと目覚められない私は、書斎を出て顔を洗いに行った。


 今日は……何曜日だったっけ……


 冷たい水をたっぷりと顔に浴び、目の覚めたところで書斎へと戻ってきた。机を見ると、昨日撮ったりんごの写真が置いてある。


「……」


 今現在私の頭の中に残っているのは、そこへ行ったこと自体と、この光景を写真に収めたことのみであり、何をして過ごしたかは少しも思い出せなかった。

 それどころか、私が記憶に起こすことのできる一番近い日時は三日前だ。そこで止まっている記憶たちに対し、この写真だけが一人歩きして……あれは、もしかしたら昨日じゃなかったのかな。


「うーん……?」

 まさか社会人になる前にボケてきちゃってる?


 しかし、気にしていても仕方ない。

 私は朝の支度をしにリビングへと向かった。


 冷蔵庫を開けると、一番上の棚がりんごで溢れかえっていた。


「……昨日のかな。いや、昨日じゃないかも」


 ごろごろと不規則に並んだ赤と緑の実。あの木になったりんごの写真を撮影したのが私だというのなら、これらは私が採ったものなのだろう。

 どことなく腑に落ちない感触がしたが、私はそれを朝食に食べることにした。

 程よく冷えた、名産地から持って帰ってきたりんごはとても美味しかった。完食すると、グラスに注がれた豆乳をグイッと飲み干し、ササっと食器を片付けていく。


 今日の行き先も既に決めてある。私はスマートフォンの画面を直視し、思わず笑みをこぼした。


 目的の場所まで電車で三時間。今日行く場所の口コミをチェックするなどして暇潰し。

 最寄りの駅に着いてからは徒歩10分ほど所要すると記載されており、概ねその通りの時間で到着した。


 今日の目的地は……


「にゃああ」


「おおっ」


「みゃー」


「おおおおっ」


 どこを見渡しても一帯もふもふだらけ。


 そう、今日の目的地は、この猫が沢山いる島。


 色も大きさもよりどりみどりの、人懐っこい猫で溢れている。私の他に人間は一人も見当たらず、実質貸し切り状態だ。

 これまでペット禁止という環境でしか生きてこなかったため、こうして自然と、自由に生き物に触れられるのは初めてで、とても嬉しかった。

 猫カフェなんかでも良かったんだけど、あの紙には「極力人とは話さない」と書いてあった。

 そのため受け付けや人込みといった要素がないこちらを選ぶに至ったのである。


 海岸に立ち尽くしているだけでも、一瞬で何匹もの猫たちに囲まれる。

「にゃー」

「よしよし、たっくさん遊ぼうね~」

 私は右足にすり寄ってきた三毛の子の頭を撫でる。一匹を撫で始めると他の子も次々に撫でるように寄ってくるから大変。皆すごく可愛いから良いんだけどね。


 私は肩にかけるタイプのナップサックから一つずつ、秘密のアイテムを取り出した。

 猫じゃらしに毛玉、魚のぬいぐるみなんかも。

 猫たちは取り出す度にうにゃうにゃ鳴きながらすごい勢いで食いついてくれる。


「ふしゃーっ」

「?」

 わらわらと群がってくる中、少し離れた場所に一匹だけ警戒心むき出しの子がいる。黒と白の毛をしたハチワレの猫だ。低い声で威嚇を繰り返し、尻尾も太くなっている。


「ふふ、望むところ」


 私は更に数々の秘密のアイテムを解放する。



「にゃおー」

「はあ……はあ……長かった」


 長時間の死闘を繰り広げ、何とか心を開いてもらえた。

「よし、今日の主役は君だ」

 首から下げていたカメラを手に取り、強くシャッターを押す。

 海を背景に、凛々しく首を伸ばすハチワレ猫を収めることができた。


 一枚だけ。今日も約束守ったよ。


 フォルダにも、私の心にも、バッチリ保存された。



 時間はあっという間に過ぎていき、信じられない早さで日が暮れていく。


「そろそろ帰らなきゃ。またね」

「「にゃあー」」

 猫たちに手を振って、駅へと歩を進める。


 明日はどこへ行こうかな……

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