第35話 最終決戦〈五〉

 ぼくの泣き声は声にならず、超音波みたいにみんなを攻撃してしまっている。


 悲しくて、ただ悲しくて。ぼくの涙でみんなの力を奪ってしまう。正美お姉ちゃんが倒れた。辰宮のお兄ちゃんが倒れた。


 二人とも、本来の姿に戻っていく。それならば、これでいいのかもしれない。ぼくが、正美お姉ちゃんの体を女性に戻して、ぼくが辰宮のお兄ちゃんから怪異なるものを追い出し、ぼくの体の中に封印した。


「まさか、ここへきて覚醒するとはねぇー。でも時間切れです、博雅。わがままはそのくらいにしておきなさい。これではわたしが、怪異を具現化できなくなってしまう」


 ぼくの本当の敵は、お父様だった。


 ぼくは知っている。お母様はお父様の本性を見て、その姿におそれて出て行ってしまったことを。そう、お父様こそが、怪異なるもの、その本体。


 ぼくは声の出せない声でお父様を呪った。あなたのせいでたくさんの人が不幸になった。あなたのせいで、大切な居場所を失った。あなたのせいで、仲間が殺されてしまった。あなたがっ!!


「およしなさい、みっともない。お前は赤ん坊そのものだな。自分のいいようにならないと癇癪を起こせばいいと思っている。それがどんなに醜い感情か――!?」


 そうだ。お父様の力を奪ってしまえば。そうすれば、お父様はもう怪異を呼べなくなる。陰陽師ですらなくなってしまうだろうけれど、それでもいい。どうせ悪の陰陽師なのだから。


「こんなっ!? 博雅、 声は返す。だから、もうやめてくれ!! およしなさいったら。これ以上はただの親子喧嘩じゃなくなるのだよ?」


 そう、これは、みんなを巻き込んでしまった壮大な親子喧嘩だった。だから奪う。声なんていらない。親なんていらない。ぬくもりなんていらない。そんなもの、最初から知らないっ!!


 牛丸さんたちへお父様がしたように、ぼくもお父様の方へ手のひらを向けて、きつくつかんだ。


「ガハッ。ごっ。ひろ、まさ」


 さようなら、お父様。でも、半分だけ残してあげる。半分だけ、ぼくを愛してくれていたから。全部はやらないよ。


 お父様の力を吸収したせいか、なんだか、ずいぶんと体が成長したように感じる。体がとても窮屈で、ズボンもシャツも、一瞬でつんつるてんだ。正美お姉ちゃんにあたらしい服を見繕ってもらわなくちゃならない。


 お金の引き出し方なら知っているから。お父様の、秘密のお小遣いがある場所のことを。


 正美お姉ちゃんを抱き上げた。まだ少し、男だった骨ばった感触が残っているけれど、ふわっと軽い。こんなに小さな体で、怪異なるものと戦ってくれていたんだ。ありがとう。


 ぼくは、お姉ちゃんの額に口付けた。牛丸さんの代わりにはなれないかもしれないけど。ぼくはあなたを、愛しています。あなたがぼくに、無償の愛をくれたみたいに。その恩返しをしたい。


 怪異は、もう出ないでしょう。だって怪異は、ぼくの中に閉じ込めてしまったのだから。


 だから泣かないで。一人にならないで。生きることに絶望しないで。あなたには、ぼくがいるから。いつの時も、ぼくがいるから。


 つづく

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