第34話 最終決戦〈四〉

「たあっ!!」


 深い怪我をおわせてはいけない。まずは辰宮の二の腕に軽く斬り込んでみた。オーダーメイドのスーツは切れ味も良く、スパッと二の腕をのぞかせる。皮膚を一枚斬ってしまった。


 ばしっと、後ろからパチンコ球が飛んできた。弁慶だ。


「下がっていろ、弁慶!!」


 だが、弁慶は嫌々と顔を左右に振る。助けたいのだ。この男を。こんなに小さな体できちんと物事の良し悪しを把握している。それなのに、その父親はどうだ。陰陽師という立場でありながら、混沌を楽しみ、この状況を笑顔で見守っている。下手をすれば弁慶の命もあぶないというのに。


「わかった。致命傷になるような攻撃は避けてくれ」


 弁慶はわかったとばかりに頷いてみせた。けれど、相手は怪異なるものに体を乗っ取られている。通常攻撃をすれば、辰宮という男が傷ついてしまう。どうやって戦うべきか?


「いやぁー、感心しちゃいますねー。こんな不利な状況になっても、人間を傷つけまいとするなんて。でも、ざぁーんねん。彼の方はそう思っていないみたいですよぉ?」


 間延びした陰陽師の声が気に触る。猫撫で声の人間は、ろくなことを考えていないからだ。


『正美もねぇー、男の子だったら和彦くんみたいになれたのにねぇー』


 そう言って、あたしの髪を切り刻んだ母親。


『正美は女の子だからスーパーヒーローにはなれないんだよ?』


 そう言ってあたしを蹴飛ばした父親。


 いらないのなら、生まないでほしかった。どこへなりと預けてくれたら楽だった。それでもいつかは自分に振り向いてくれるんじゃないかという淡い期待を何回踏み潰されたか。


 せっかく男の体になったのだ。地球がどうなろうと、弁慶だけは守りぬく。そうだ。辰宮の素性なんてどうでもいい。彼を助けたところで、目が覚めた時には記憶がないだろう。


 きゅっと、後ろからシャツをつかまれた。弁慶。


 そうだ。この子の親戚なのだった。そしておそらく弁慶は、この男に懐いていた。だから、やっぱり傷つけてはならない。たとえ自分が粉々になっても。


「はあーっ!!」


 一振りは大きく外した。二振り目は剣の塚でみぞおちを叩く。


 辰宮の体は大きく揺れて、後方に吹き飛んだ。これが、ラストチャンスだ。


 そう思い、剣を振り上げた瞬間、なんだかわからない超音波が頭の中に響いた。


「ううっ」


 それは、立っていられないほどの衝撃。ふっと後方を振り向けば、弁慶が声もなく泣いていた。そうか、これは弁慶の泣き声だったのか。


 両親から理不尽な暴力を受けてきたあたしにはわかる。弁慶はこれ以上、辰宮を攻撃して欲しくないのだ。


 あたしの体は力を失い、膝からがくりと地に伏した。


 泣かないで。あなたのことは、あたしが守るから。だけど、力が入らない。どうすればいいの? 気が、遠くなってゆく。


 つづく

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