第33話 最終決戦〈三〉

 港に着くと、すでに人影があった。弁慶の父親だろうか? 空に輝く満月が、その人を照らす。


 スーツの男?


 それは、見たことがない男だった。怪異なるものの容姿ではなく、至って普通の人間に見える。目が釣り上がり、口角から泡を吹いていたけれど、高そうなスーツを着ていることはわかる。少し汚れていたけれど、体にぴったりのサイズ、つまりはオーダーメイドのスーツということか。


「がぅ、がああああああっ!!」


 男の口から獣の咆哮のような音が響いた。


「驚いたかい? そいつは人間なんだよ。警察官で、牛丸さんの部下だった男だ。名前を、辰宮と言う。今日は特別に、見えないはずの博雅にも見えるようにしてあるんだよ」


 どこからかあらわれた陰陽師の言葉に、弁慶が飛び出そうとする。ようやくつかまえるも、ジタバタと腕の中でもがいている。知り合いか?


「彼ねぇ、一応わたしの親戚なんですよ。わたしなんかとは違って、お金持ちの家に生まれたんですけどね。いやー、コネがなかったらこんな男、無様に死んでるところですよ」


 親戚だって? なんだかどんどんややこしくなっていく。それなら、弁慶がこの男を知っていても不思議はない。


「弁慶、落ち着いて。彼はちゃんと元に戻す。だから、下がっていて。いい子だ」


 ほんの少し後ろに下がった弁慶がとても素直で驚いてしまう。


 というかなぜ、生身の人間が怪異なるもののようになってしまっているのか?


「辰宮には怪異なるものを見ることはできない。したがって、彼の怨念をわたしのこの力で、具現化させてあげたのですよ。金持ちの家に生まれたくせに、欲望や怨念は人一倍強い。いいですか? 彼のことを警察は必死になって探しています。あなたの時とは違って。それが有力者の息子と言うだけでこの違いだ。あきれるでしょう? 人間ってくだらないと思いませんか? ああ、もしあなた、正美さんでしたね。正美さんがこの男の怨念を浄化させることができたのなら、その時わたしは消えてあげますよ。これからはゆっくり、弁慶と暮らしていけばいいんです。あなたのために、ちゃんと偽の戸籍も用意してある。どうです? 素晴らしいでしょう?」


 よくもここまで流暢にべらべらと喋り倒すものだなと呆れている。もう、スーパーヒーローへのいたずらな憧れも、他人になりすまして生きていくことも望まない。弁慶は、あたしが育てる。


 そのためにも、彼を浄化しないと。


 おもちゃの剣に目を向ければ、プラスチックの刃が光ることもない。こんなのは、ただのおもちゃだ。こんなもので浄化できるだろうか? 相手は有力者のおぼっちゃまだ。致命傷になるような怪我はさせられない。


 でも、とあたしは剣を構える。


 この男は、助けを求めている。怪異なるものに体を乗っ取られて、困っている。その証拠に泣いているではないか。


「がぁあああああああっ!!」

「大丈夫。あたしがなんとかしてあげる」


 辰宮の咆哮と、陰陽師が笑う声が混ざり合って響いた。


 つづく

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