第26話 理想的な関係
そこへまた、知らない優男が入ってきた。タートルネックのセーターにチノパン、ストローキャップをかぶった優男は、全身黒づくめで、その男を見た瞬間、弁慶が尋常ではない立ち上がり方をする。
「お父様っ!? まだこの女と通じていたのですか? どうして!?」
親子!? そこ、複雑かよ。だが、弁慶の父親らしい優男は、くつくつと喉の奥で悪人の笑い方をする。
「ざーんねん。パーティーはもう始まっていたのですね。わたしの息子がいつもお世話になっております。澄子さんを愛人の一人としている本物の陰陽師です」
こいつが、悪の陰陽師だって!? 破壊された玄関は、よそ者が入ってこないように式神が完全にふさいでいる。
「利益と供給の関係よ。ただの愛人の一人ってわけじゃないわ」
「愛人であることは間違いない。そうでしょう?」
「お兄ちゃんは相変わらず潔癖症なのね。そのくせ、そんなナリして、はずかしくないの?」
「羞恥心は新鮮な好奇心を奪うだけだわ。あなたこそ、恥を知りなさいよ、澄子」
謎の兄妹喧嘩がつづく中で、優男がズカズカと近づいてくる。
「アリサさんは返してもらいますよ。大事な実験動物だ」
その物言いに、頭の中でなにかが弾けた。
「実験動物だとぉ!? 彼女は人間なんだ。ただ少し正義感の強い普通の女の子なんだぞっ!!」
おれは、アリサから奪ったけん玉を手に立ちふさがる。
「ふん。そんなもの。わたしが作ったおもちゃがわたしに効くわけがないでしょう? それに、あなたは気づいてないでしょうが、普通の女の子と呼ばれることが苦痛な人間が、少なからずこの世にいることをこの機会におぼえてあげてください。あなたは正美さんの彼氏だったのでしょう?」
くっそう、けん玉ごと投げても、見えないバリアみたいなものではばまれて、あてることすらできないなんて。
それにさっきから正美って誰だっ!?
「ああ、もしかして澄子さんに記憶操作されました? なんなら、お返ししますけど?」
答える前に優男がおれに向かって手をあげる。軽い風圧と光の明滅により、忘れていた記憶がよみがえってきた。
とても綺麗な髪が、いつも短く切りそろえられていた理由が、虐待の末に選んだこと。見える場所に痣を作らない最低な両親だったこと。助けたくても自分が子供すぎて、手を差し伸べることがむずかしかったこと。
瞳を潤ませ、美しい横顔を見ながら夕日を眺めた日のこと。
どうして全部忘れていたんだ? おれにしか正美を救えなかったのに。
「牛丸さんですよね? あなた、そんなんで正美さんを救えるなんて考えてやしませんか?」
口の端をゆがめた自称本物の陰陽師が、またおれに手のひらを向ける。
「あなたに彼女は救えない。思い上がりもいいところだ。そうでしょう? 正美さん」
叫び声すらあげられない。なんの術をかけた? 目の前に、以前よりさらにやせ細った正美が立っているのに。その体を包むのは、黒装束。やはり、正美だったのか?
「ざーんねん。ですね、牛丸さん。あなたは誰も救えない。その価値もないんですよ」
くっくっくっとまた、優男が喉の奥で笑った。おれたちは誰一人、身動きが取れないままでいる。動きを封じられてしまったのか?
つづく
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