第25話 正美

「正美お姉様は、ぼくなんかよりずっと強くて、気高いんだ。お前たちみたいに怪異なるものを倒せない連中とは違うんだっ!!」

「まったく。口の減らないクソガキね。いいわ。けん玉とヨーヨーは取り戻したんだし、あとは警察病院でじっくりと検査してもらいましょうか?」


 アリサと呼ばれた黒装束の顔にじっとりとした汗が流れる。


「警察も病院も嫌だっ!! ぼくはこのままでいいんだっ」

「そうやって、現実から逃げたいだけなんでしょうけど、ちゃんとにね、捜索願も出されているのよ。今すぐ家族に会わせるかどうかは上が決めることだけど」


 嫌だ嫌だと首を左右に振っているアリサからは、さっきまで怪異なるものと戦った覇気は見られない。ただの、気の弱い女性そのものだった。


「あんた、本当にこのままでいいの? 肉体改造されて、すっかり洗脳されてるのよ? 鈴木 澄子にだまされてるだけなのよ?」

「っ。確かに、少しはだまされているような気はしている。体つきまで男になっちゃうのなんて、聞いてなかった。でも、ヒーローにしてくれたんだ。ずっと憧れていたヒーローにっ」

「憧れは永遠に憧れのままよ。そのものになるにはもっとたくさんの努力がいるの。あんたみたいなクソガキ程度の覚悟じゃ、ヒーローになんてなれっこないよ」


 アリサの顔からみるみる血の気が引いてゆく。ひどい。言い過ぎだ。相手は正義感溢れる女の子じゃないか。それなのに。


「牛丸ちゃん、この子のことかわいそうだと思ってるでしょ? でもね、中途半端な正義感は倫理を壊すの。単なるひとりよがりでしかないのよ」


 そう言うと言葉を切って、おれの口をふさぐ式神をはがした。


「あなたも、ちゃんと思い出さなきゃいけないわ。愛する正美ちゃんのことを」

「正美……?」


 なぜだろう? その名を口にすると、頭がぼんやりかすんでしまう。まるで、怪異なるものが頭の中にわいてしまったかのような感覚におののき、震え始めた。


「こわいでしょう? 正面から向き合うのは。だけど、きちんと向き合わなくちゃね?」


 ぽんと肩を叩かれた拍子に、ショートカットのよく似合う女性の顔が浮かんだ。


『あたしね、困っている人を助けたいの。スーパーヒーローになりたいけど、男の子じゃないからな』


 あどけない微笑。細い肩。白くて細い指先。守りたかったその人のことを、おれはよく知っているのではないのか?


『あたし、スーパーヒーローになれたよ。――ばいばい、和彦。愛してくれて、ありがとう』


 さみしそうにはにかんだ、その顔をよく知っている、そのはず――?


 そこで、玄関が歪んだ音を立てて吹き飛んだ。真っ白な雪だるまのような式神が、そこに立ちふさがっている。


「彼女を返してもらえないかしら?」


 それは、鈴木 澄子だった。おい、この式神は誰のものなんだよ!?


「この子はあたしの忠実なしもべ。だからさぁ、その子を返してよ」

「澄子? おれになにをした?」


 玄関をぶっ壊しておいて、涼しい顔をしている澄子に乱暴な言葉を投げつけた。


「あーら? 牛丸ちゃん。イケメンが台無しね。あなたの大切な人は、あたしのものになりました。ねぇ、お兄ちゃん。ひっさしぶりねぇー」


 澄子が話しかけたのは若林。お兄ちゃんだって?


「あたしたち、両親の離婚で離れ離れになったのよ。こうしてまた会うなんて皮肉なものね。澄子、あなたまだあの男の愛人でいるの?」


 気になっているのはそこか!? そして澄子は誰の愛人なんだっ!?


 つづく

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