第19話 おぼろげな記憶
生活安全活性課のドアを開けると、若林が頬を膨らませて怒っていた。
「牛ちゃん、遅刻だもぉー!! まったく、一日休みがあったくらいで油断しないでよねっ」
「若林さん、おれ――」
「次の満月に向けて、対策を練りましょう。題して、牛若丸大作戦ー!!」
ああ、なんというか、おれの話を聞いてくれと訴える前に、若林の声が頭に響く。これほどひどい二日酔いは初めてかもしれない。
「なに? 本当に体調悪いの? 牛若丸大作戦に突っ込みも入れられないくらいに?」
「だから、昨日の記憶がないんです。それに、なんだか大事なことを忘れているような気がして」
「魔女に脳みそいじられちゃったのかしら?」
若林が言うところの魔女は、澄子のことだ。でも、指摘されてみるとそんな気がしてくる。
「外国の酒を飲まされてしまって。それでなんだか悪酔いして、それでさっき目が覚めたばっかりなんです」
「ふぅーん?」
おれは、若林の言葉を待った。だが、若林はおれに視線を向けたきり、なにも言ってこない。
「どういうことなんでしょうか?」
「忘れたもののことも忘れちゃった感じ?」
「たぶん、はい」
「怪異なるもののことは覚えてる?」
はい、と短く答える。
「泉ちゃんと弁慶と黒装束のことは?」
「覚えてますけど?」
「じゃ、いーじゃない。仕事に差し支えなければ」
「そんなっ!!」
「だぁーかぁーらぁー!! 油断すんなつってんだよ」
急に男の声になって、若林がおれの額にデコピンした。
「油断したんだろ? で、魔女になんかされた。だったらその記憶を取り戻せるのはあんたしかいないじゃんかよ」
そう、だ。おれのせいだ。なのに、若林さんに助けを求めて。こんなの、不条理だ。
不条理?
頭の中に浮かんできたのは、白くて細い腕を自ら傷つけようとするだれか。顔は、モザイクがかかっている。
『あたしなんか、いなくなっちゃえばいいんだっ!!』
『そんなことで自分を傷つけるなっ!!』
『和彦にあたしの気持ちなんてわかんないよっ。あんたは家族に愛されてるんだから。こんなの、不条理だよっ』
不条理だ。
おれの目からはらはらと涙がこぼれ落ちてきた。これ、なんだ? なんの記憶?
「その涙が真実なんだよ。記憶を無くしたことも、素直に受け入れるしかない。それでもあんたは、アレと戦わなきゃならないんだからさ」
真実? 奪われた記憶が、とても大切なものだったのだろうと推測する。それを取り戻すためには、怪異なるものを倒さなければならない。
「じゃあ、牛若丸大作戦について話し合いましょう?」
若林はいつもの口調に戻っていた。
つづく
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