第17話 そしてまた日常へ
目がさめると、きっつい頭痛に眉をひそめる。ここは、澄子の仕事場のソファだ。布団がかけられている。なにか大切な話をしていたような気がするのに、おかしいな、おぼえてない。
えっと、澄子と一緒に外国の酒を飲んで、それで? それで?
「おはよう、牛丸ちゃん。うっふふ。二日酔いにはお味噌汁よ」
うだるように顔を上げる。うわー、気持ちが悪い。そこに持ってきて、インスタントの味噌汁を押し付けられたもんだからたまらない。
「悪いけど、いらないや」
「そう? おいしいのに。それより牛丸ちゃん、ゆうべはかわいかったわよ」
「へ?」
ナニガアッタ?
背中を冷たい汗が伝う。埃っぽいこの部屋から出て行きたくなるほどのお香が焚かれていて、それがまた不愉快な気分にさせる。
「なにがあった?」
「うっふふ。秘密、かな? だって、簡単に答えちゃったらつまらないじゃない」
本当に、なにがあったんだ? 二日酔いと、それに伴うだるさとかそんなんで目が回って、それから時計を見上げた。
「九時って、朝の!?」
「あら? 今日もお仕事だったの? がんばってね」
なんで起こしてくれなかったんだ、なんて不条理な話をしている場合じゃない。おれは頭頭をもみこむように手でつかみながら二階に上がる。スーツに着替えて身繕いを正し、カバンに手をかけた。
先日、うっかりUSBを置き忘れた教訓から、仕事関連のものは持って帰らないことに決めていた。ほぼスマホだけの重さのカバンをぶら下げて階段を降りると、澄子がにこにこと含みのある笑顔を浮かべていた。
「いってらっしゃい」
まだ痛む頭を揺らさないように、今日は特別にタクシーに乗り込んだ。
おれはなんだって敵陣地に寝泊まりしてるんだ? こんなの、危険極まりないだけじゃないか。それなのに。
それ、なのに?
おれはどうして澄子を疑っている? なにか、大切な記憶をいじられたような気がして、考えるとますます頭が痛くなる。
「お客さん、大丈夫ですか? 顔、真っ青ですけど?」
運転手に声をかけられて、はっとする。今は職場に向かうのが最善だ。
「なんでもありません。ちょっと二日酔いがひどくて」
「ああ、それならコレ効きますよ。よかったらどうぞ」
そう言って運転手は梅こんぶのお菓子を取り出してくれた。その気持ちがうれしくて、受け取ってしまう。
うれしくて? おれは、いつからそんなに繊細になった?
「はい、着きましたよ」
おれは運転手にありがとうと礼を言うと、メーターより余分に金を渡した。お菓子のお礼のつもりだった。
「なんだかかえってすみませんねぇ。じゃあ、ありがたくもらっておきます。またのご利用をお待ちしています」
タクシーから降りると、警察署まで早足で歩いた。
つづく
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