第13話 出現条件

 廊下を歩いていると、懐かしの辰宮とばったり会った。


「あ! おはようございます、牛丸さん」

「おはよ。そっちは進展あった?」


 辰宮はぶんぶんと顔を左右に振った。その表情は暗い。


「なにも。手がかりがないんじゃ、動けませんよ」


 確かに。なんらかの証拠がなければ、澄子に話を聞くこともできないだろう。


「そっか。大変だな」

「牛丸さんは? どんなヤマ追ってるんです?」

「それは秘密だな」

「そうですよねー。あっははっ」


 だが辰宮のことだから、探りを入れられているのかもしれない。


 生活安全活性課なんて、あってもなくてもおなじなのだから。


「じゃあ、また! 元気でいてくださいね、牛丸さん」

「ああ。辰宮もがんばれよ」


 そうして辰宮はエレベーターに乗って上に向かい、おれは地下へつづく階段を降りた。


 まるで人生そのものなシチュエーションに笑いすら出てくる。


「なに笑ってるんっすかぁ?」

「わっ!? 泉!? なんでこんなところにいるんだ?」


 よく見れば、昨日と違い、スーツ姿の泉は、キラキラと輝くような笑顔をおれに向けてくる。


「今日は報告会っしょ? 契約社員だけど、おれも一応呼ばれてるんっすよ」

「そうなんだ? 弁慶は?」

「彼はまだ学生ですし、この仕事に協力してくれているのは親にも秘密っすから」


 ああ、そうだった。ゆうべもこっそり家を抜け出したのに、父親に電話で呼び出されて帰って行ったっけ。


 泉と一緒に階段を降りながら、小声で話をつづける。


「なぁ、アレって、雨の日でも出るの?」

「基本、月が出ていなければ出ないっすよ。出現条件がまだよくはっきりしていないっすけど、極端に曇っていたり、雨の日は出ません。今回出なければ、次回のヤツがかなり大きいので厄介なんっす」

「なるほど、力が倍になってるわけか。ありがと。ゆうべそれ、ずっと考えてたから」

「なんでも聞いてくださいよ」


 泉は子犬のような笑顔を浮かべて無防備に笑った。こいつ、こんなにイケメンなのに怪異なるものと初めて遭遇したってんだから、なかなかの苦労人だよな。


「みなみに、アレって見えないやつと遭遇したらどうなるんだ?」

「見えない相手には話を聞いてもらえないっすからね。攻撃はしてこないっす。ただ、なんというか精神に負荷を与えられるかもっす」

「負荷?」


 そうですと言って、泉は左胸のあたりに手を置いた。


「人間だれしも、多かれ少なかれ心にモヤモヤとしたものを抱えて生きています。アレは、見えない人のそのモヤモヤを更に大きくしてまうんっすよ」


「なるほど、精神攻撃みたいなもんか」

「階段で重要案件を話してるんじゃないわよ」

「うわっ」


 突然尻を叩かれたおれは、階段から転げ落ちそうになった。若林だ。今日もバブル時代を彷彿とさせる肩パッド入りのジャケットを華麗に着こなしている。


「こんな話、他の人に聞かれたら面倒だからね。早く行きましょ」


 若林に追い払われるように階段を駆け下りるおれの目の端に、人影が見えたような気がした。だが、すぐにいなくなってしまった。


「ほら早く!」

「わかってますよ!!」


 今の話、聞かれたのだろうか?


 つづく

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