第11話 お人好し

 手相占い『レディ・S』が所有するビルの鍵を開けて店内に入る。適当に散らかった澄子のゴミをゴミ袋に仕分けして捨てる。


 それがこの場所に住むための条件だからだ。彼女はここには住んでいない。だから鍵を預かり、二階に住まわせてもらっているのだ。


 おそらく店内には防犯カメラが回ったままだろう。だからあやしい言動はしない。あの女に勘付かれたら、正美がどこにいるのかがわからなくなってしまう。


 正直なところ、正美が女であろうと男になろうと愛していることに変わりはない。でも、それでもきっと、変わり果てた自分の姿を知ったら、正美は慟哭するだろう。


 正美と一緒に、警察官になることが夢だった。むしろ、正美のゴリ押しでそうなった。


 試験の日、一緒に会場へ向かっていたら、と今でも後悔している。


 正美は道で転んだ老婆を助けるために、救急車を呼んで一緒に病院へ向かった。彼女が会場にたどり着いた時には、試験は終わっていたのだ。


 また来年受ければいい。そう言おうとしたのをさえぎり、正美は自分のおろかさを呪った。


 正美にはトラウマがある。それは、生まれた時から愛されたことのないものが共通する孤独感。そして、潔癖なほどの自己否定。


 正美は時に感情を抑えられないことがあった。感情に支配されて、自分を保てなくなることすらも。


 正美は警察官になる夢をあきらめて、ラーメンチェーン店でアルバイトを始めた。彼女が生きるためにはお金が必要だったから。一緒に住もうと言ったけれど断られた。自分が抑えられない時におれを傷つけてしまうことを恐れていたのだ。


 だったらなぜ、老婆を助けた? 救急車を呼んで、それで終わりにしなかった? なぜ、老婆の無事を祈った? 自分の家族すら正美を愛してはくれなかったのに。


 なぜ?


 もし、正美が本当に黒装束なのだとしたら、つじつまが合う。正美はスーパーヒロインに憧れていたから。悪を倒すためだけに存在するヒロインへの憧れ。そのせいで彼女はさらわれたのだろうか?


 澄子はなにを知っている?


 おそらく、正美が最後に会ったのは澄子だ。だとしたら、なんの話をした? なにを相談した? おれにも話せなかったことか? なぜ、赤の他人である澄子なんかに相談したんだ?


 頭の中がぐるぐる回る。


 こんな場所に寝泊まりしても、心が落ち着くことはない。それでもあの日、正美を救えなかった自分への罰のためにここにいる。


 澄子を吐かせてみせる。


 つづく


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