第10話 電話
そろそろ本気でお開きにしようと腰を上げたところで、弁慶のスマホが振動した。
「もしもし? お父様!! すみません、すぐ帰りますので」
話しながら手を上げて、カバンを手に帰ってしまった弁慶を見て、ふと不思議なことに気がついた。
「若林さん? なんで泉がドアノックで、弁慶が電話だったの?」
「うーん? みんなまだ若いじゃない。だから、中二病的なあれよ。牛丸ちゃんも、好きな方法で入ってきていいからね」
この人と二人っきりというのは、どうも苦手だ。だが、今日は怪異なるものとの初対面。身体中で震えが止まらなかったおくびょうなおれを、この人なりにはげましてくれたのだと思えば、それはそれでありがたい。
「じゃ、今日はもう帰ります。泉の家は? 送ってやるよ」
どう見てもおれより若くてイケメンな泉を一人で帰らせるのはどうも心配だ。
だが泉は、そんなおれへと拒絶の手をあげる。
「いいっすよ。部屋、隣なんで」
「マジか」
だったらまだ、弁慶の護衛をすべきだったんじゃと後悔するが、そんな気持ちも先読みされてしまう。
「弁慶の家は港のそばだから、心配しなくてもここからそう遠くないわよ」
「わっかりました。じゃあおれも帰りますんで」
「牛丸ちゃん」
そんなおれへと、若林は猫なで声をかけてくる。
「正美ちゃん、絶対に取り返しましょうね」
「っはい」
短く答えて、部屋を後にした。
満月を曇らせる空模様に、おれの足は自然と急いだ。こんな状態で雨に降られるわけにはいかない。
そういや、怪異なるものってのは、満月の日が雨だったらどうするんだろうな? そんなことも、あした聞くしかない。
今日はもう情報満タンだ。
ふいにジャケットの内ポケットに手を伸ばす。ちょっと前までここに入っていたのはタバコだった。
『もう、和彦。体に悪いからタバコ辞めなよぉ』
タバコなんて大人への憧れで始めたものだ。正美に言われなくてもいずれ辞めていた。
今、ポケットに入っているのは、おもちゃのメンコとパチンコだけ。これが、怪異なるものへの物理的な武器。バカバカしいとは思ったものの、実際に正美である可能性の高い黒装束がおもちゃの剣でアイツを倒したのをこの目で見た。
と、すれば。信じるしかない。このおもちゃにしか見えない武器のことを。
つづく
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