第9話 冷めたグラタン
弁慶は、ケラケラと笑いながら、若林の前に押し出されたまま冷えてしまったグラタンを引き寄せた。カバンの中からマイ箸を取り出した彼は、器用にマカロニをつかんで口に運ぶ。
「ああ、でもただの武器屋じゃありませんよー。ぼくこう見えても、陰陽師の末裔で、ほんの少しなら武器に力をこめられるんですー」
「なら、なんで自分でアレと戦わない?」
中学生相手になにを真剣に言っているんだと思うも、なんだかもう、遠慮しているのがバカバカしく感じられたからだ。
「それもざーんねん。ぼく、陰陽師の末裔ですけど、アレは見えないんですよねー」
「複雑だな。でも、そうか、じゃああのおもちゃに陰陽師パワーを仕込んでやっつけてるってわけか」
「そうなんですー。でも、ざーんねん。連続女性失踪事件が始まった頃、自宅を荒らされてしまって。会心の武器が三つほど盗まれちゃったんですよねー」
なるほど。そこにたどり着くってわけか。
「だからぁー、今日も新しい武器を持ってきましたー。じゃーん!!」
メンコ? ただのメンコ? なにゆえに?
「これはですねぇー、いわゆるお札なんですよねー」
メンコじゃないんかっ!!
「あとぉー、なわとびも持ってきましたよぉー」
「なわとびっ!!」
二重跳びができなかった過去の自分を思い出してすっぱい顔になる。
「なわとびですけどぉー、ムチみたいに振り回しちゃってオッケーです」
不思議だ。こんな子供が、おもちゃに力をこめて、そのおかげでアレに物理攻撃ができるなんて。
「でも、こんなの。親には内緒なんだろ?」
「そうですねー。っていうか、うち、基本的に放任主義ですしー。お父様はぽやっとしてるから、お母様に逃げられちゃってますしぃー。えへへっ」
えへへじゃないっ!! 壮絶な中学生だな、おい。
「それでぇー? 今日の黒装束はだれだったんですぅー?」
「被験者Aよ」
「へぇー。彼女、最初の方の子ですよねぇー? そろそろ辞めておかないと、男の体になっちゃいますよー?」
「それは本人に言いなさいよ。ま、話の通じる相手じゃないけどね」
やっぱり正美だったのだろうか。あの声、少し舌ったらずの中性的な響きが頭の中を支配する。
「ちなみに盗まれた武器は、剣とヨーヨーとけん玉でーす!!」
それら全部に力を込められるこいつって、ある意味貴重だし、すごいと思う。
もし、次に正美に会ったら、今度こそ声をかけよう。もし本人なら、おれだって気づいてくれるだろうから。それでも反応がなかったなら、その時は。その時は、戦わなければならないのか? でも、黒装束の相手は怪異なるもののはず。ならば、おれたちが争う理由はどこにもない。
「牛丸ちゃん。争う理由はなくても、黒装束の子たちはできるだけ無傷で連れてきなさいよ?」
わかっている。あのままだと彼女たちは、男になってしまうのだから……。
つづく
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