第42話決戦

 ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が開幕。

 オレはサラとエルザの三人で挑み、決勝戦まで進む。


 オレが大将戦で三人抜きをした直後、事件が起きる。

 不正の元凶である神官長が急変、魔族へと変貌。


 しかも出現したのは上級魔族の中でも、最上位である七魔将だった。

 そんな窮地に、赤髪の女剣士が援軍に駆け付ける。


 ◇


「ハリト、待たせたな!」


 闘技場を飛び越えて、上空から飛び降りてきたのはレイチェル先生。

 いきなり強力な奇襲を、七魔将アザライドに食らわせた。


 この隙に、オレはエルザとサラを物陰に避難させる。

 先生の指示で、警備兵たちも退避していく。


 闘技場に立つのは、オレとレイチェル先生の二人だけになる。


「先生、遅いよ。どこに行っていたの?」


「すまない、ハリト。急に勇者教団のお偉いさんに、呼び出しをくらってな。学園の執務室にいたからな……」


「なるほど。やっぱり、そういうことだったのか」


 レイチェル先生を足止めしていたのも、アザライドの差し金だったのか。

 何しろ先生は先代の魔王を倒した、二代目の一人。

 厄介者として、選抜会場から遠ざけていたのだ。


「それにしても随分と時間が掛かったね、先生?」


「これでも、飛んできたんだぞ。急に魔族の気配があったからな」


 先生の援軍はオレの計算内。

 上級魔族が出現したら、街のどこにいても感知するのを信じていたのだ。


「先生には、もちろん感謝しているよ。頼りにしているよ」


 対魔族ではレイチェル以上の援軍はいない。

 さて、これで準備は整った。

 あとはアザライドに止めを刺すだけだ。


『ふっふっふ……この程度ですか?』


 吹き飛んだ粉塵の中から、アザライドが姿を現す。

 先ほど同じ余裕の表情。

 ほとんどダメージを受けていない。


「ちっ……やはりか……」


 相手の様子に、先生は毒を吐く。

 今の剣帝としての渾身の一撃だった。

 そでもアザライドに傷つけられなかったのだ。


「やはり“魔王の加護”持ちか……」


「そうだね。先生の攻撃は激減されているね、やっぱり」


 魔族は“魔王の加護”という特殊な加護で守られている。

 どんな屈強の戦士や魔法使いでも、魔族に対しては攻撃が極端に通りにくい。


 それを無効して破れるのは、女神の加護をもつ勇者候補と“真の勇者”だけ。


「くっ……“魔王の加護”がここまで厄介だったとはな……」


 先生は苦悶の表情を浮かべる。

 十数年前に真魔王を倒した後、先生は“女神の加護”を失っている。


 先生も加護さえあれば、七魔将クラスとは互角に戦えた。

 だが今は相手に有効打を与えられないのだ


「くそっ……こうなったら【神力解放】を最終段階まで解放するしかないか」


 先生は覚悟を決める。

【神力解放】は女神に選ばれた勇者候補の特殊能力。


 加護がない今の先生でも、この技は使える。

 短時間だけだが、戦士としての戦闘能力をブースト出来るのだ。


「先生の【神力解放】は、今はマズイ。この街が吹き飛ぶ危険があるでしょ」


「くっ……そうだったな」


“真の勇者”クラスの【神力解放】は凄まじい威力。

 余波で街が軽く吹き飛んでしまう危険がある。


(それに先生が【神力解放】しても、ギリギリだな。こいつを相手なら……)


 アザライドの防御力はかなり高い。

 最悪、先生の全力攻撃は、ウラヌスの街だけ破壊してしまう。

 肝心のアザライドを、取り逃がしてしまう危険性があるのだ。


「だがハリト。そうしたら、あの七魔将はどうする⁉」


 先生が眉をひそめるのも無理はない。


 魔族に有効打を与えられるのは、女神の加護を持つ者だけ。

 だが今のところウラヌスにいる勇者候補は、全員が未熟。


 魔族の中でも上位にあるアザライドに、ダメージを与えられる者は存在しないのだ。


「大丈夫だよ、先生。何とかするから」


「ハリト、まさかお前……」


「うん。だから先生は後ろの二人の避難を」


「だが、いくらマハリトおじ様とはいえ……その状態では……」


 先生が心配するのも無理はない。

 何しろ今のオレは逆行転生で弱体化中。


 しかも上級魔族を倒すために必須である、【神力解放】と【神武器】が使えない状態。

 どう計算しても勝ち目がないのだ。


「心配しなくても、大丈夫だよ、先生。今のオレはたしかに現役時代よりも、戦力が足りない。でも、その代わりに“アレ”があるから」


「アレか……そういうことか。任せたぞ、ハリト!」


 先生は分かってくれた。

 瓦礫の向かい、動けないサラとエルザを、両脇に抱きかかえる。


「さて、お前たちは、遠くに退避するぞ!」


「でも先生! そうしたら、ハリト君が……」


「大丈夫だ。お前たちを置いたら、アタイもすぐに戻ってくる」


「それならば……ハリト様、それまで、お気をつけて!」


「ハリト君。先生が戻ってくるまで、絶対に無理しないで!」


 先生に抱きかかえながら、二人は闘技場の外に運ばれていく。

 最後までオレのことを心配してくれていた。


「ふう……これで、ようやくオレ一人になれたか」


 二人には悪いけど、これでオレは自由になった。


「さて、待たせたね」


 アザライドの前に進んでいく。

 この周囲にいるのは、オレたちだけ。

 闘技場の真ん中で、向かい合う。


『おや? 無駄な作戦会議は終わったか? あの赤髪の方ではないのか、オレ様の遊び相手は?』


「ああ、お前なんて小物は、オレだけ十分ということさ……【収納・武器】」


 オレは魔法を発動。

 収納魔法で隠していた、愛用の混沌剣を取り出す。


『多少は魔法を使えるみたいだが。このオレ様の強さを、見ていなかったのか? 今のオレ様は絶対無敵な存在なんだぞ!』


 アザライドは相変わらず余裕の態度。

 何しろ今はまだ勇者候補が、女神に選定されて間もない時期。


 成長中の勇者候補は、まだ七魔将を倒せるほどの強さはない。


 だからコイツも『七魔将である自分を倒せる者は、人族には存在しない。オレ様は無敵だ!』と思っているのであろう。


「“絶対無敵”だと? ちょっとくらい早く降臨できて、勘違いしているな、お前?」


『無駄な強がり。どうせ、また時間を稼ぎなんだろう? とりあえず、お前も黒焦げになれ……魔技術【黒炎弾】!』


 アザライドはあざ笑いながら、攻撃魔法を発動。

 先ほど衛兵を一瞬で黒焦げした、火属性の上位魔法を発射してくる。


 ドッゴーン!


 闘技場に凄まじい爆発が起きる。

 オレがいた周囲は、一瞬にして吹き飛ぶ。


『はっはっは……口ほどにもない奴め!』 


 アザライドは下品な高笑いを響かせる。

 自分の強さに酔いしれていた。


『ん?』


 その時であった。

 アザライドは“自分の違和感”に気が付く。


 自分の左側が、やけに軽く感じるのだ。


 ――――ふと左腕に視線を移す。


『なっ⁉』


 そして言葉を失う。

 何故なら自分の左腕は消失。

 先ほどまであったはずの左腕が、肩から消滅していたのだ。


『バ、バカな……なぜ⁉ 誰が⁉ はっ! まさか……』


 そこでようやく“オレの存在”に気が付く。


 先ほどの【黒炎弾】を回避して、背後に回っていたオレの姿に。


 突然のことで、アザライドは混乱している。


 何故なら『七魔将である自分を倒せる者は、人族には存在しない。オレ様は無敵だ』

 だったはず。


 それなのに未熟なはずの候補生に、一瞬で斬撃を喰らっていたのだ。


『な、何が、起きたんだ、これは……』


「まだ分からないのか? 七魔将の質も落ちたもんだな……まぁ、お前には色々と教えてもらったから、少しだけ教えてやろう。今オレは【魔剣技】で回避。同時にお前を斬ったのさ」


 先ほどの【黒炎弾】が発動された瞬間、オレは魔剣技の【幻風斬(ゲン・フウ・ザン)】を発動。


 アザライドが焼け落ちたように見えたのは、オレの分身体の幻影。


 その隙に背後に周り、風をまとった斬撃で左腕を切断。


 風の魔剣技の刃が鋭すぎて、アザライドは気が付かなかったのだ。


『ま、“魔剣技”だと? そんな物は聞いたこともないぞ⁉ そんな分けの分からない技で、七魔将であるこのオレ様が、傷を⁉ ひっ……そんな馬鹿な⁉』


 想定外の窮地に、アザライドは後ずさる。


『そ、それに、こいつの身体から感じる魔力量は……これは、何だ……⁉』


 魔族には“恐怖”という感情はない。


 だがアザライドは感じているのであろう。

 死に直面して、本能的に“恐怖”しているのだ。


「さて、そろそろ先生が戻ってくる時間だな。こっちも終わらせるぞ!」


『な、舐めるな下等種が! こうなったら、この街ごと! “深淵なる地獄の業火よ……”』


 自棄になったアザライドは、極大魔法を高速詠唱。

 ウラヌスの街ごと、オレを吹き飛ばつもりなのだ。


「それで高速詠唱のつもりか?」


 だがオレも黙って見ているはずがない。


「いくぞ……ふう……」


 オレは腰だめに剣を構え、意識を集中。

 魔力を高めていく。


 相手は魔族の中でも最強の七魔将。


 最大の魔力値……転生してから本気の魔力でいく。


 ――――◆――――


 《術式展開》


 魔力を剣に集中


 “雷”の属性


 “凝縮”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


 魔剣技の中で最速の技を発動。


「いくぞ……全てを光れ斬れ……!」


 右手の混沌剣が、轟雷をまとう。

 同時に斬撃を繰り出す。


「いくぞ!……魔剣技【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】!


 轟雷の攻撃魔法と、斬撃の同時攻撃。


 白く光輝く斬撃で、アザライドの身体を斬りつける。


『な、な、なんだ……この斬撃は……』


 絶対不滅の魔族の身体が、一瞬で真っ二つに切り裂かれた。

 自分の身体を見て、アザライドは言葉を失っていた。


『さ、再生魔法が……効かない……だと』


 アザライドの身体は、足元から消失していく。

 七魔族将の一人、アザライドに死が訪れていたのだ。


『キ、キサマ……何者だ……』

 消えていきながら、アザライドはオレのことを見てくる。

 死を迎えようとしても、理解が追いつかないのだ。


『こ、この七魔将の一人である、アザライド様が、たった一人に子供(ガキ)に……』


 七魔将は魔族の中でも、圧倒的な力を持つ。

 普通は神武器を有した“真の勇者”で、やっと一人を倒せる個体だ。


『こんな未熟な候補生に、オレ様が負ける訳がないのに……』


 それが神武具も持たない名も無い候補生に、一人に瞬殺されてしまった。

 死にかけていながらも何が起きたか、まだ理解できていなかったのだ。


「運が悪かったな。残念ながらオレは“普通の候補生”じゃないんだ」


『な、なんだと……? ぐふっ……』


 そう言い残してアザライドは完全消滅。

 跡に残ったのは拳大の魔石。

 これで二度と復活することもない。


「さて、これで終わりみたいだな?」


 ウラヌスの街の周囲を索敵してみるが、他に魔族の気配はない。

 これで完全に片が付いたのだ。


「ふう……何とか、無事に終わったか……」


 深く呼吸をしながら、周囲を見渡す。

 会場はまだ煙が立ち上がり、悲惨な激戦の跡がある。


「それにしても、今回の件は、どういうことだ?」


 七魔将の一人が、なぜこんなにも早いタイミングで降臨していたのか?

 なぜ神官長の姿が乗っ取られていたのか?


 疑問は尽きない。

 もうすぐ戻ってくるレイチェル先生と、調べていく必要がある。


「あれ? そういえば選抜戦は、どうなっちゃうんだろうな? まっ、いっか……」


 とにかく今は寮に戻って、暖かい風呂に入りたい。


 こうして波乱に満ちた選抜戦の一日は、無事に終わりを迎えるのであった。

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