第41話魔族

 ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が開幕。

 オレはサラとエルザの三人で挑み、決勝戦まで進む。


 オレが大将戦で三人抜きをした直後、事件が起きる。

 不正の元凶である神官長が急変、魔族へと変貌したのだ。


 ◇


【魔族】

 魔王の直属の眷属(けんぞく)である人型の魔物。

 それほど数は多くはないは知性があり、高い戦闘能力を有する。


 戦闘において普通の魔物と大きく違うのが、【魔王の加護】を有していること。


【魔王の加護】は通常の攻撃や魔法を、大きく減退させる。

 オレの研究によると、十分の一以下のダメージしか与えられない。


 破れるのは【女神の加護】がある者だけ。

 つまり魔族と真っ正面から戦えるのは、“真の勇者”と“勇者候補”たちだけ。


 また魔族には四段階の強さの階級がある。


【上級魔族・上】

【上級魔族・下】


【下級魔族・上】

【下級魔族・下】


 最弱の【下級魔族・下】なら、【女神の加護】がない腕利きの剣士も、何とか勝つことが可能。

 だが【上級魔族】ともなると【女神の加護】無しが、勝つことは不可能。


 特にその中でも【上級魔族・上】の戦闘能力は尋常ではない。

“真の勇者”クラスでなければ、勝つことは難しい。


 ◇


 そんな危険な魔族が、大観衆の前に出現する。


 こいつの魔力は尋常ではない。

 間違いなく【上級魔族】以上。


「ちっ……」


 オレは瞬時に状況を把握。

 動けないサラとエルザを守るため、二人の前に退避する。


『くっくっく……余興もここまでいか。いや、ここからが本当の余興か』


 魔族は蛇のような舌を出し、不気味な笑みを浮かべる。

 ここは敵地である勇者学園の中。

 だが余裕の表情で、闘技場を見渡している。


「おい、あれはなんだ……?」


「神官長が……羽を?」


「何かの新しい余興か?」


 観客たちは状況が把握できずにいた。

 理解が追いつかないのも、無理もない。


 何しろ魔族が最後に姿を現したのは、今から十三年前。

 レイチェルたち二代目“真の勇者”が魔王と戦った時以来。


 そのため魔族の姿を、見たこともない者のいたのだ。


『オレ様は見世物ではないぞ、この下等種どもが……魔闘術、【黒炎弾】!』


 いきなり魔族は攻撃魔法を発動。


 ドッゴーン!


 観客席の一部が吹き飛ぶ。

 凄まじい威力。

 数十人の観客が悲鳴をあげることも出来ず、一瞬で黒焦げになる。


「ひっ⁉」


「なんだ⁉ まさか……魔族⁉」


「ひっ、逃げろ⁉」


 ようやく事態を飲み込めた観客たち。

 一瞬でパニックになり、一斉に逃げだす。


 一気に出口に殺到したため、更にパニックが伝染。

 コロッセオ内に悲痛な悲鳴と、怒声が響き渡る。


『ふむ、良き響き。下等種イジメは、これだから止めらないのう』


 そんな地獄絵図を見ながら、魔族は笑みを浮かべていた。


「おい、あの魔族を包囲しろ!」


「油断するな!」


 闘技場の衛兵たち出動。

 全員が腕利きの戦士。

 十人以上で魔族を包囲する。


「おい、待て、お前たち!」


 オレは衛兵を止めようとする。

 何故なら相手は。普通の魔族ではないのだ。


「いくぞ! 一斉に攻撃を仕掛けるぞ!」


「おりゃ! 剣闘技……!」


 衛兵たちは剣闘技を一斉に発動。

 全方位から魔族に攻撃をしかける。


『ふん。今のは何かな? 下等種ども?』


 だが魔族は余裕の表情。

 衛兵たちの渾身の斬撃は、魔族の表面すら傷つけられなかったのだ。


『相変わらず、下等種は頭が悪いな……魔闘術、【黒炎陣】!』


 魔族は広範囲の攻撃術を発動。

 自分を中心にして大爆発を起こす。


 ドッドーーーン!


 衛兵たちは声を上げることも出来ず、一瞬にして黒焦げになる。


「ひっ⁉」


「まさかあの魔族は……上級魔族クラス?」


「そんな馬鹿な……」


 援護に駆け付けた他の衛兵たちは、足を止める。

 ようやく相手の恐ろしさに、気が付いたのだ。


 目の前にいるのは普通の魔族ではない。

【女神の加護】がない衛兵では、絶対に勝てない上級魔族だと。


『判明! 相手は【上級魔族】クラス! 候補生たちはマニュアルに従って、今すぐ校舎の地下に退避を! 教師陣は命をかけても、候補生を死守せよ!』


 会場内に緊急警報が流れる。

 目的の第一は、候補生たちを一人でも多く逃すこと。

 そのためには大人たちは犠牲になる命令だ。


 候補生たちは指示に従って、観客席から退避していく。


「く、くそっ!」


「おい、オレたちも戦おうぜ!」


 だが数人の生徒が留まろうとする。

 クラスの連中だった。

 武器を構えて、魔族に挑もうとしている。


「おい、お前たち! 早く、退避を!」


「でも、先生! 魔族を見過ごすわけにはいけません!」


「今のお前たちでは、足手まといだ! 訓練通りに、退避しろ!」


「は、はい……」


 そんな連中も、強制的に教師に連れていかれる。



(候補生は強制退避か……悪くない判断と対応だな……)


 後ろのサラとエルザを守りながら、オレはその光景を横目で確認。


 勇者候補は、人類の希望の宝。

 魔王と魔族を倒せる唯一の希望の星なのだ。


(アイツ等では、全員束になっても、この魔族には勝てないからな……)


 ウラヌスの候補生は未熟。

 今の状況では、この魔族に傷一つつけられず、全員が戦死してしまう。


 候補生ですら最低でも【神力解放】に至らなければ、この魔族には対抗できないのだ。


「おい、時間を稼ぐぞ!」


「ああ! ああ、全員、命をかけていくぞ!」


 会場に残ったのは衛兵団と教師陣だけ。

 魔物を遠巻きに包囲。

 時間を稼ぐ作戦だ。


「ハリト君! 私たちも退避を!」


「ハリト様!」


「二人とも、まだ動くな! 逃げても、無駄だ! 校舎も、こいつの射程圏内だ!」


 駆け寄ろうとしたサラとエルザを、手で制止する。

 何故なら目の前の魔族は、観客席の候補生をわざと見過ごしていた。


 おそらく全候補生が地下に退避したタイミングで、攻撃を仕掛けるつもりなのであろう。

 将来的に危険な勇者候補を、一網打尽にする魂胆なのだ。


『へぇー、オレ様の策を見抜いていたのかい? 下等種の分際で、生意気だね』


 オレの言葉を聞いて、魔族の表情が変わる。

 作戦を読まれて、明らかに不快になっていた。


『この状況で、一人だけ冷静だね、お前? そういえば、さっきの余興でも面白かったし。たしか“無能生ハリト”だったっけ?』


 神官長の体内いた時の記憶も、コイツにはあるのであろう。

 興味の矛先をオレに向けてきた。


 これは絶好のチャンス。


「そう、オレの名は“ハリト”。そういうお前は何者だ? まさか無名の上級魔族じゃないんだろう?」


 時間を稼ぐために、相手の会話に乗る。

 プライドの高い魔族を、更に調子に乗せる口調と内容で


『ほほう、よくぞ名を聞いてくれたな。下等種にしては、なかなかの礼儀者だな!』


 よし、オレの口車にのった。

 コイツら魔族は、昔から名を訊ねられると、気分を上げるのだ。


『よかろう! 冥途の土産に教えてやろう! オレ様は栄光ある上級魔族! その中でも【七魔将(しちましょう)】の一人、“万千の顔”アザライド様だ!』


 魔族はアザライドと名乗ってきた。

 上級魔族の中でも特別な存在だと。


 酔いしれたように名乗り上げてきた。


(ちっ……やっぱり、【七魔将(しちましょう)】の一人か……)


 その名を聞いて、オレは心の中で毒づく。

 もちろん表情に出さない。


 ◇


【七魔将(しちましょう)】

 強力な魔力を持つ上級魔族の中でも、更に最上位の七体だけに与えられた特殊な称号。


 その七体の中でも、強さは【ナンバー・セブン】から【ナンバー・ワン】までの順位がつく。


 最下位の【ナンバー・セブン】ですら、【神力解放】を会得した勇者候補が数人じゃないと倒せない。

【神武器】を完璧に使いこなす“真の勇者”でも、二人以上で戦わなければ危険。


 更に魔王に一番近い最上位の【ナンバー・ワン】ともなれば、その強さは別次元。

【神武器】を完璧に使いこなす“真の勇者”が、四人以上いないと勝てない猛者。


 強さのバラつきはあるが、とにかく【七魔将】の強さは別次元なのだ。


 ◇


「へぇー、【七魔将】か……初めてお目にかかるけど、本当に実在したんだね」


【七魔将】の存在は授業でも習う知識。

 時間を稼ぐために、相手のことを更に持ち上げていく。

 

「“万千の顔”ということは、変装が得意なのか? 誰も気が付けなかったけど?」


『ご名答だ、下等種よ! だが私の能力は、変装などという稚技(ちぎ)ではない! 対象者の身体を、魂ごと頂戴する御業なのだ!』


 アザライドは誇らしげに語り出す。

 オレのことを格下だと見下しているのであろう。

 ペラペラと自分のことを自慢してくる。


(対象者の魂ごと……なるほど、それで感知出来なかったのか)


 普通は魔族が潜入していたら、オレの感知魔法で気が付いていた。


 だが姿を現すまで分からなかった。

 おそらくはアザライドだけが持つ、特殊な能力なのであろう。

 かなり厄介な能力だ。


(だが、この説明だと、化けている時は、魔族の力は使えないな……)


 魔族として力を発揮するためには、こうして姿を現す必要がある。

 知識として覚えておけば、それほど怖くない能力だ。


 今後、同じような魔族がいても、対応は十分可能。

 さて、もう少しだけおだてて、情報を収集しておくか。


「なるほど、そうだったのか! さすがは七魔将だ……くっ、誰も気が付かなかった訳だ。ところで他にも七魔将や上級魔族は、ここに来ているのか? もしも来ていたら、オレたちは絶望しかないけど……」


『ふん! アイツ等など……他の七魔将など不要! アイツらは、まだ動けないからな!それに、この地域は、このアザライド様の管轄だからな! 余興として遊びに来てやったのさ!』


 なるほど、他の七魔将はウラヌスには来ていないのか。

 これは好機。


 それに口ぶりから、互いに管轄区域が存在しているのか。


(この辺は昔と同じだな……)


 三十三年前の魔王討伐も、当時の七魔将には管轄区域があった。

 おそらくは魔族なりに独自のルールがあるのであろう。


(なるほど。ということ魔王は、まだ復活していない。それに他の七魔将も、完璧に復活していない。このアザライドだけが突発的に地上に出てきたのか)


 今までの情報を整理して、結論に至る。

 今のところ他の魔王はまだ復活しておらず、他の七魔将も完全ではない。


 つまりこのアザライドだけ倒せば、何とかなるのだ。


「よし、色々を情報ありがと」


『ん⁉ なんだと、キサマ! まさか……』


「ああ、お蔭で、情報が仕入れていたよ。おしゃべり野郎君」


 もう少し情報を引き出したいが、そろそろ時間も限界だろう。

 何故なら“待ちかねていた人物”の気配が、急接近。

 この闘技場に到着したのだ。


「いくぞ……剣闘技……【魔破斬り】!」


 赤髪の女剣士……レイチェル先生が、いきなり出現。

 同時にアザライドに向かって、斬撃を食らわす。


『ぐっ⁉ これは⁉』


 まとにも直撃を受けて、アザライドは吹き飛んでいく。


「ハリト、待たせたな!」


「先生、遅いよ」


 闘技場を飛び越えて、上空から飛び降りてきたのは、レイチェル先生。

 オレが時間を稼いでまで、待っていた援軍。


 さて、ここからオレたちの反撃の時間だ。

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