第35話偵察

 愛娘サラの後を追い、極秘で勇者学園に入学。

 そんな中、ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が開幕。


 オレはサラとエルザの三人で、選抜戦に挑む。

 一回戦は三連勝で、ハリト団は無事に突破。


 ◇


 チャラ男軍団との一回戦の後、オレたちは待機部屋で小休憩にはいる。

 次の二回戦までは、少しだけ時間が空く。


 参加者は待機部屋で、体力を回復に励む時間だ。


「あれ、ハリト君。どっかに行くの?」


「あっ、うん。ちょっと散歩に」


 だがオレは一人で、待機部屋を後にする。


「時間は大丈夫ですか?」


「ああ、すぐに戻ってくるから」


 サラとエルザを待機室において、オレは会場の中を散歩することにした。

 向かう先は観客席。

 目的は、他の候補生の試合を偵察するためだ。


「一回戦は結構な強敵だったからな。とりあえず情報収集でもしておくか」


 オレとエルザともかく、サラは危ない試合だった。

 出来れば二回戦以降は、楽に勝たせてあげたい。

 そのための情報集で、偵察だ。


「さて、どんな感じかな……」


 観客席に着席。

 闘技場で行われていく試合を、観察していく。


「うーん。全体的にレベルは悪くないな。みんな頑張って、ここまで成長していたんだな……」


 試合を見ながら感心する。

 入学直後の模擬戦に比べて、候補生たちは圧倒的に成長していた。


 誰もが必死に鍛錬を積んできたのであろう。

 剣闘技と魔術の精度とレベルが、目に見えて向上している。


「でも、まぁ。この分なら、決勝戦までは何とかいけそうかな?」


 客観的に見て、サラより強い生徒は何人かいる。

 だがエルザほどの者はいない。


 選抜戦は三対三の団体戦。

 つまり大将のオレさえ油断しなければ、大丈夫。

 二勝以上をキープして、最後まで進めそうな感じだ。


「さて、あとは見なくていいかな?」


 大よその情報収集は終わった。

 そろそろ戻るとするか。

 早く帰らないとサラたちも心配するであろう。


「ん?」


 そんな時であった。

 ちょうど始まった試合に、思わず目を止まる。


「何だ、アイツ等は?」


 明らかに今までとは違うチームが、登場したのだ。


 圧倒的な戦闘力で、あっとう間に三連勝。


「というか……あんな三人組……うちの学園にいたかな?」


 見たこともない顔の三人だった。

 間違いなく同じクラスの連中ではない。


 ということは別のクラスか?

 だが入学式の時には、見なかった顔の三人組だ。


「ということは、特別参加の連中か?」


 そういえば選抜戦には、他校から一チームが特別参加しているという。

 そう思い出して見ると、制服デザインが若干違っている。


 三人は黄色と白をベースとした制服。

 これで他校からの特別参加組だと確定した。


「それにしても、あの戦い方は……アイツ等、手を抜いていたな」


 先ほどの戦い方を思い返す。

 信じられないことに他校の三人組は、本気を出さずに三連勝。


 うちの学校の連中が、誰もが必死で挑んでいる選抜戦。

 それをあざ笑うかのよう、片手をポッケに入れた状態で戦っていたのだ。


「はぁ……何だろうな。この不快感は……」


 特にこの学園に愛着が、ある訳ではない。

 だが、三人組の戦い方を見ていたら、あまり気分はよろしくない。


「とりあえず……要注意だな」


 不快感は別にして、特別参加の三人の実力は飛びぬけている。


 トーナメント表によれば、オレたちとは反対側のブロック。

 当たる可能性があるのは、最後の決勝戦で。


 念のために注意しておくことにした。


「さて、戻るとするか……」

 情報収集も終わったので控え室に戻ることにした。

 まだオレたちの第二試合まで時間はある。


 もう少し、ゆっくり出来るであろう。


 ◇


 候補生の休憩室に戻ってきた。


「お帰り、ハリト君!」


「お帰りなさいませ、ハリト様」


「私たち、散歩してきたんだよ」


 サラとエルザも暇を持て余していた。

 二人がぐるっとコロッセオ外周を、散歩して来たという。


 さて、三人揃ったところで、二回戦の作戦会議でも行うか。


(ん?……何だ、この視線は?)


 そんなことを考えている時だった。

 周囲から視線を感じる。


 控え室にいる、他の候補生たちかの強い視線だ。


(オレに対するじゃないな。これは隣の……エルザに対して?)


 つい先ほどの控え室とは、雰囲気から一変していた。

 あまり好ましくない視線……負の視線が、エルザに向けられているのだ。


 視線の主は学園の令嬢軍団。

 ヒソヒソ話をしながら、エルザをチラ見している。


 当人のエルザはサラとの会話で、まだ気がついていない。


(とりあえず、何を蔭口しているか、調べておくか……【盗み耳】!)


 無詠唱で盗聴用の魔法を発動。

 対象は令嬢軍団だ。


 さて、どんなことを言っていているのだろうか?


「…………ねぇ、聞きました? あのこと?」


「ええ……私も聞きましたわ……まさか、エルザ様が、あんなことになっていたとは……」


「同感ですわ……私たちもすっかり騙されていたということですわ……」


 令嬢たちの会話はエルザについて。

 何かの噂話なのであろうか?


「…………どうりで、あんな庶民出の子や、無能生と一緒にいる訳ですわ……」


「ですわね……お似合いの三人組だったという訳ですわね……」


 驚いたことに、エルザは白い目で見られていたのだ。

 学園のカースト最上位いる姫様に、まさかの異変が起きている。


 原因はいったい何だ?

 もう少し調べてみる。


「私たちも今まで気を使って損をしましたわ……」


「そうよね……でも、これからエルザ姫も、お終いね……」


 明らかに令嬢たちは、エルザのことを陰で軽んじている。

 つい先日まで持ち上げていたのに、天と地のほど手のひらの返しようだ。


「可哀想に……あの“失墜(しっつい)の剣姫”さん……」


「そうね……あの“失墜の剣姫”は……」


 そして令嬢たちが口にしているのは、聞きなれない呼び名。

“失墜の剣姫”という明らかに蔑(さげす)んだ俗称だ。


(“失墜の剣姫”……だと。さっきの観客席でも聞こえたが、どういう意味だ?)


 耳慣れない言葉だが、間違いなくエルザの対する悪口だ。


「エルザちゃん……なんか、これ……」


 その時であった。

 談笑していたサラの顔が、急に曇る。

 自分の隣にいる友人に向けられている、負の視線の気が付いたのだ。


「大丈夫ですわ、サラ。気にせず」


 一方でエルザは気にしていない。


 いや、彼女は控え室に戻ってきた時から、気が付いていたのだ。

 最初から分かって、気にしなようにしているのだ。


「でも、エルザちゃん……」


「そうですわね。二人だけには、事情を話さないと……ハリト様、サラ……お話があります。お時間、少しよろしいですか?」


 エルザは神妙な顔で訊ねてきた。

 話の内容は十中八九、今の噂話についてであろう。


「ああ、大丈夫だ。二回戦までの時間も余裕がある。この建物の裏で話を聞こう」


「もちろん私も大丈夫だよ」


 エルザの顔は真剣だった。

 話を聞いてやらない訳にはいかない。


 誰もいないコロッセオの裏庭に向かう。


「ここなら誰もいないな……」


 ひと気のない場所に到着。

 念のために無詠唱で周囲を探知。


 会話が聞こえる範囲内には、誰もいない。

 放送アナウンスも聞こえるので、急な呼び出しにも対応可能。


 これで、ゆっくり話を聞くことが出来る。


「さて、エルザ、話というのは?」


「はい、ハリト様。他の候補生たちの口にしていたことです……」


 エルザは語り出す。

 オレとサラは静かに聞くことにした。


「前にも少しだけお話しましたが、私は最初、王都学園に入学しました……」


 話はエルザが最初に入学した、王都の学園について。

 彼女がそこで体験したことだった。


「王都学園はこのウラヌスよりも、規模が大きい学園。王国中から優秀な候補生が集う所です。そのため生徒同士は互いに成績を競い合い、教室は常にピリピリしていました……」


 なるほど優秀な候補生が集う場所なのか。

 王国内では辺境に位置するウラヌスとは、真逆の環境。


 語るエルザの表情から、あまり良い雰囲気ではないのだろう。


「当時の私も常にクラスメイトと競い合っていました。何故なら私は、名誉ある王家ワットソン家の血を引く者。誰よりも必死で努力をして、常に上を目指していました……」


 王家の血筋の者は、有能な勇者候補の血筋が多いという。

 王女でありながら聖刻印は発現したエルザは、懸命に修練に挑んでいたのであろう。


「ですが私の前に“ある一人のクラスメイト”が立ちはだかりました。両者は避けることが出来ない運命……そこで私たちは決闘をしました。互いの名誉を賭けて。ですが結果は……」


「エルザが負けて、王都学園を追放。この学園に転校してきた……だったな?」


「はい、ハリト様。仰るとおりです」


 ここまで話は、最初に軽く聞いていた。

 だからエルザは強さに対して以上に固執している。


 今まで以上に強くなり、追放した相手を倒したいのであろう。


「そして、もう一つ、お二人に言わなかったことがあります。先ほどの噂話のことで……決闘には、“互いの王位継承”も賭けていたのです。だから……」


「それで“失墜の剣姫”か……決闘に負けて王位継承を失った、エルザを侮蔑(ぶべつ)した言葉か」


「はい。ハリト様の推測の通りです」


 なるほど、そういうことか。

 だいたいの状況がつかめた。


 恐らく王都からきた貴族の誰かが、ウラヌス学園の令嬢に伝えたのであろう。

『エルザ姫は、追放された弱者。王位継承を失った“失墜の剣姫”だ』と。


 だからクラスの令嬢軍団が、陰で一斉に牙を向いてきたのだ。

 今まで媚びを売っていた相手が、実は王位継承がない相手だったと。


 むしろ今を勝機と計算したのだろう。

 学園でのカーストの最上位のエルザを、令嬢連中は徒党を組んで降ろしにかかってきたのだ。


「まったく下らない貴族の世界だな。オレたちは勇者候補……気にすることはないぞ、エルザ」


「ありがとうございます、ハリト様。はい、私も外野の雑音は気にしていません」


 エルザは顔を上げた。

 その瞳は真っ直ぐ。

 高い目標に向かって、万進すること覚悟しているのだ。


「そうだよ、エルザちゃん! エルザちゃんは、そんな過去があっても、エルザちゃんなんだから!」


「ありがとう、サラ……本当に、貴女がいてくれて、どれだけ心強かったか……」


 サラとエルザは抱きしめ合う。

 両者の身分は大きく離れている。


 だが勇者候補同士として、一人の個人として、同じ想い、固い友情で結ばれていたのだ。


(エルザが予想よりも落ち込んでなくて、よかったな……だが、なんとか解決してやらないとな……)


 今回の噂話はあっという間に、学園中広まっていくであろう。

 人を陥れる噂話の類は、足が速いのだ。


 結果、エルザに対する風当たりは強くなる。

 今まで彼女に媚びを売っていた連中が、表立って口撃に移ってくるはず。


 その余波は側にいる友人サラに及ぶ。間違いない。


(何かきっかけが欲しいな……エルザのことを認めてもらうために……王女エルザではなく、エルザという一人の候補生として……)


 このままではサラとエルザの学園生活は、闇に向かっていく。

 何か大きく変えるターニングポイントが欲しい。


(ターニングポイントか……ああ、そうか。簡単なことだな)


 ふと、思い出す。

 自分たちがいる場所を。


「エルザ、サラ。聞いてくれ。今回の選抜戦は必ず優勝するぞ」


「えっ……ハリト様?」


 突然なオレの真顔の宣言。

 エルザは言葉を失っていた。


「優勝を本気で目指す理由は、もちろんエルザのため。オレたちの実力を、連中に見せてやろう!」


 勇者学園は最終的には実力が物を言う。

 エルザへの陰口を止めるのは簡単。


 彼女の力を――――仲間の力を、全員に示せば良いのだ。


「そうだね、ハリト君……エルザちゃんのために、絶対に優勝だね!」


 サラも賛同してくれた。

 大事な仲間のために、名誉を取り戻すために、絶対に勝ち進むことを。


「ハリト様……サラ……ありがとうございます……」


 エルザはぐっと涙をこらえて応える。

 今はまだ涙を流し時ではない。

 優勝トロフィーを手にした時こそ、歓喜の涙を流すべきなのだ。


「よし、最初の目標は変わらないけど、エルザ、サラ、必ず優勝しよう!」


「はい、ハリト様」


「うん、ハリト君!」


 三人で円陣を組んで、誓い合う。


(よし、頑張らないとな、オレも……)


 こうして絶対に負けられない理由が出来きた。

 オレたちはトーナメントに挑むのであった。

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