第34話愛娘の戦い

 愛娘サラの後を追い、極秘で勇者学園に入学。

 そんな中、ウラヌス学園で大イベント【学内選抜戦】が開幕。


 オレはサラとエルザの三人で、選抜戦の一回戦に挑む。


 一回戦の先鋒は、エルザが勝ち星を得る。

 そして次鋒戦はサラの出番がきたのだ。


 ◇


「次はサラ……あたなの番よ!」


「うん、エルザちゃん。私も後に続くね」


 エルザはサラにタッチする。

 仲間の絆を繋ぐバトンタッチだ。


「それじゃ、ハリト君。行ってくるね」


「気を付けて、サラ。ヤバそうだったら、作戦通り棄権するだんぞ」


 三人の中で総合的な戦闘力は、サラが一番低い。

 クラスで模擬戦でも、サラの戦績はそれほど良くない。


 だが今回の選抜戦は三人による団体戦。

 先鋒のエルザと大将のオレで二勝すれば、次に勝ち進める。


 だから事前にサラには伝えている。

 格上の相手には、無理をする必要がないと。


「うん、ハリトくん。無理せずに、精いっぱい頑張ってくるね!」


「ではハリト団の次鋒の選手は、登壇してください」


「はい!」


 サラは元気よく闘技場に登っていく。

 装備は細身の剣。

 軽くて扱いやすい突き技が主体の武器だ。


 サラが闘技場に上がると、観客席が軽くザワつく。


「あの次鋒の子は、どこの家の者だ?」


「この資料によれば庶民出らしいぞ……」


「庶民出か……さっきのエルザ姫とは違い、今回は期待できないな……」

 

 選手名簿を見ながら、有力者たち失笑している。


 何しろ候補生の多くは、武家や貴族、魔術家の子どもが多い。

 彼らは幼い時から、厳しい鍛錬を積んできた。


 それに比べて庶民出の候補生は、戦闘の鍛錬すらしたことない。

 学園に入学してから、初めて剣を持つ。


 いくら女神の成長の加護があるとはいえ、最初の能力に差があり過ぎるのだ。


(外野の声は……サラは大丈夫そうだな)


 観客席のザワめきを、サラは聞いていない。

 良い感じで集中しているのだ。

 この分なら十分に実力を発揮できるだろう。


『では“ウラヌスの三銃士”の次鋒も前に!』


「はいっす!」


 次鋒はチャラ男軍団の一人、名前はビーなんと……チャラ男B。

 軍団の中で一番大柄な槍使いだ。


「ほほう、彼は……」


「資料によれば、ザンダース伯爵家の六男の……」


「たしか彼は少年の部の武闘会で、入賞したこともあった才能ですな……」


「この勝負は見るまでもなく、最早決まりですな……」


 チャラ男Bの登場に、権力者たちが湧きたつ。


“庶民出の少女”対“貴族の優良男子”


 あまりにも実力差が有り過ぎる勝負だと、鼻で笑う者もいる。


(次はチャラ男Bか……)


 そんな観客席の雑音も流しつつ、オレは対戦相手を観察する。

 こいつも入学当時は、よくオレに絡んできた奴。


(チャラ男Aと同じく、結構腕を上げている感じだな……)


 槍を構える姿に、隙は少ない。

 またチャラ男Aとは違い魔力も高く、魔法の腕も上がっている。

 総合力では、クラスの中でも上位に入るであろう。


(サラにとって相性は悪いな……)


 サラは細身剣を使うことも出来るが、基本的に魔法の方を得意とする。

 基本的な戦い方は、細身剣で牽制して、攻撃魔法で一気に仕留める戦い方だ。


 対するチャラ男Bの槍は、間合いがかなり長い。

 普通に戦ったら、サラが攻撃魔法を発動する隙が無いのだ。


 サラが相手の動きをどう制するか、勝負の分かれ目である。


「それでは始め!」


 審判のレイチェル先生の合図で、次鋒戦が幕を開ける。


「いくぜ! ……剣闘技、【連続突き】!」


 合図と同時にチャラ男Bが動き出す。

 槍系の剣闘技を発動。

 一定の距離をとって、鋭い突きを連打してくる。


【連続突き】は一撃の威力はそれほど高くないが、隙の少ない連続技。

 リーチの差を使って、サラに一方的に攻撃を仕掛けている。


「『相手が連続攻撃の時は……よく見て対応する』だよ! せい! はっ!」


 いきなり相手の連続攻撃。

 だがサラは冷静に対応。

 細身剣で上手く攻撃をしのいでいく。


 致命傷を避けつつ、回避は最小限の動きだけで。

 サラは巧みに回避していく。


「いいぞ、サラ!」


 娘の冷静な奮闘。

 待機場所で、オレは思わず声を上げてしまう。


 サラは訓練の時でも、回避技を一生懸命に練習していた。

 魔の森での特訓を思い出しながら、冷静に対処しているのだ。


「ちっ……やるじゃん、庶民出のクセに! いくぜぇ……剣闘技、【乱れ突き】!」


 初撃を全て回避され、チャラ男Bは次なる剣闘技を発動。


【乱れ突き】、先ほどよりも威力が高い、連続突き技だ。


 蛇のように不規則な槍先が、サラの全身に襲いかかる。


「『不規則な攻撃の時は……相手の手元を観察して回避』だよ! はっ! せい! とう!」


 それでもサラは冷静だった。

 細身剣で正確に受け流し、回避にしている。

 訓練の時よりもキレがある、見事な回避技術だった。


 今度の全ての攻撃を回避する。


「な、なんだって⁉ この低能生のクセによぉお! 笑えないだけどぉぉ!」


 格下だと思っていた相手に、予想外に苦戦。

 チャラ男Bは苛立つ。


「こうなったら力技だ! 潰れろ! 剣闘技……【槍潰し】!」


 絶叫と共に更なる剣闘技を発動。

【槍潰し】……大降りで槍を振り飾り、防御こと相手を潰す槍の大技だ。


「これで潰れておきな! 庶民出ちゃんがよぉおお!」


 必殺の技を発動して、チャラ男Bは勝利を確信していた。

 非力なサラは、この技は受け流すことは出来ないと思っているのだ。


「隙あり、今だ! 大地よ、転ばせて……【足罠】!」


 直後、サラが呪文を詠唱発動。

【足罠】は地属性のかく乱させる初級魔法。

 相手の足元に、非殺傷の罠を出現せるのだ。


 かなり地味だが、発動が早いのは利点だ。


「なっ⁉ うぎゃっ!」


 足元に予期せぬ罠を喰らい、チャラ男Bは勢いよく倒れこむ。

 だが受け身をとっている。

 転倒のダメージはほとんどない。


「ちっ、姑息な真似を! だが次は通じないぜ!」


 すぐに立ち上がり、槍を構え直す。

 再び【槍潰し】を発動させて、サラを押し潰そうとする。


「なっ⁉」


 だが顔を上げて、チャラ男Bは目を丸くする。

 目の前に、相手がいないのだ。


 サラは【足罠】の隙をついて、はるか後方に退避。

 魔法用の間合いを、十分にとっていたのだ。


「ふう……いくよ……氷の精霊たちよ、私に力を……【氷結弾】!」


 十分な間合いを取れたサラは、得意の氷系の攻撃魔法を発動。


 拳大の……いや、拳の何倍もある巨大な氷が、弾丸のように発射される。


「なっ⁉ 何、その大きさ⁉ うぎゃぁああある!」


 氷の弾丸は、チャラ男Bに直撃。

 凄まじい火力の攻撃魔法をくらい、チャラ男Bが吹き飛んでいく。


 放物線を描き、そのまま場外に落下する


「っ…………」


 落ちたチャラ男Bは半分氷漬け。

 意識はあるが、自力で立ち上がることは不可能。


 救護班が助けに駆け寄る。


「勝負あり! 勝者、サラ!」


 審判のレイチェル先生が宣言。

 サラの右手を掲げて、勝者を称える。


「「「おっ?……おー!」」」


 ワンテンポ遅れて、観客席から歓声が上がる。


 一方的に押されていた少女が、最後にまさかの大逆転劇。

 誰もが予期していなかった結果。

 まるで物語のような結末に、観客席は湧いているのだ。

 多くの者がサラの名を称えていた。


「はぁ……はぁ……ただいま」


 大歓声の中、サラが待機所に戻ってきた。

 息も荒く、疲労の色が見える。

 終始、防戦一方だったので、かなり疲れたのであろう。


「お疲れさまですわ、サラ。見事な大逆転ですわ!」


「ありがとう、エルザちゃん。何とか頑張れたよ」


「まずは回復魔法で、疲労の回復ですわ!」


 勝利を勝ち取ってきたサラを、エルザは優しく抱きしめる。

 外傷はないので、スタミナ回復の魔法を発動。


 これで次の試合までには、サラも全快しているだろう。


『ではハリト団の大将の選手は、登壇してください』


 そんな中、司会者から案内がある。

 既にハリト団が二連勝で、勝ち抜けは決まっていた。


 だが選抜戦では修練の場。

 あと特別ルールで大将だけは、勝ち抜き戦へ以降も可能。

 だから一応、大将戦は行うのだ。


(サラ……見事な戦い方だったな……)


 先ほどの戦いを思い返しながら、オレは闘技場に登っていく。

 対戦相手は残るチャラ男Cだ。


 巨大な斧を構えたチャラ男Cが、オレの目の前に立つ。


 何やら『おい、無能君! お前だけでも、タピオサジュースみたいに、ボロボロにしてやんぜぇ!』みたいな感じ、オレに向かっ叫んでいるような気がする。


 そして観客席も、またザワついているように気がする。

 また『何とか子爵家の何男が……』みたいな感じで。


 だが開始線に立ったオレには、雑音は一切聞こえていない。

 何故なら先ほどのサラの戦いを、思い返すだけ今は胸がいっぱいなのだ。


(サラ、本当に頑張っていたな……相性の悪い相手にも、あんなに必死に……)


 序盤、サラは防戦一方だった。

 だが決して焦ることなく、最後まで冷静に回避。


 そしてチャラ男Bの焦りを誘発。

 大技で発動してきた隙を狙い、素早い【足罠】を発動。


 相手が転んでいる隙に、槍の射程距離外に退避。

 得意の攻撃魔法で、一気に大逆転したのだ。


(サラ……オレが教えた戦い方を……)


 今回のサラの戦い方は、オレが特訓で教えたもの。

『接近戦が得意な相手は、かく乱魔法でペースを乱し、自分の得意な術で反撃する』

 冷静に戦いながらも、サラは実践してくれたのだ。


(サラも……いつの間にか成長していたのか……)


 娘の……いや、今回は弟子の成長を、嬉しく思う。

 これが師弟愛という感情なのであろうか。

 親心とは違う嬉しさだ。


(ん? でも、サラがあんまり強く……乱暴者になったらパパ、悲しいな……)


 可愛い娘が、屈強な男子も負かす実力をつけていく。

 このままでは大人になったら将来、嫁にいけなくなってしまうのでは?

 そんな不安が胸の中によぎる。


「それでは始め!」


 審判のレイチェル先生の合図で、大将戦が幕を開けたような気がする。


 チャラ男Cが『うらぁああ、死ね!』と大斧系の剣闘技を発動してきた気もする。


 だが今のオレはそれどころではない。

 サラがお嫁にいけないかもしれない……そんな不安で胸が張り裂けそうなのだ。


(いや……待てよ。『サラが強くなってお嫁に行けなくなっちゃう』……これって好都合なのでは?)


 これは逆に妙案かもしれない。


 何しろお嫁に行けないのなら、サラはずっと我が家にいることになる。

 つまり愛娘と幸せに暮らしていくことが出来るのだ。


(よし! そうと決まったら、これからも一緒に修行していこう!)


 先ほどまで地獄の苦しみにから一転。

 明るい光明が見えてきた。


 まだ、問題点はあるが、ハリト団の活動は継続して頑張っていくことにした。


 ふう……これでひと安心。

 現実の世界に、戻ることが出来るぞ。


「おらぁおらぁ! 死ねぇ! 無能君!」


 気が付くと、目の前に巨大な斧が迫っていた。

 勝利を確信したチャラ男Cが、剣闘技で攻撃していたのだ。


「あ、いたの? 忘れていたな……舞い斬れ……剣闘技、【ツバメ斬り】!」


 剣闘技を即座に発動。

 カウンター攻撃で、攻撃力を倍にお返しする。


 チャラ男Cは空高く舞い上がり、そのまま場外に落下。


「…………」


 意識はないが、斬ったのは訓練剣。

 命に別条はないだろう。


「勝負あり! 勝者、ハリト!」


 審判のレイチェル先生が宣言。

 オレの右手を掲げて、勝者を称える。


「「「なっ……なっ?」」」


 だが観客席は唖然としていた。

 何が起きたか理解できていないのだ。


 オレの剣闘技の発動が速すぎて、誰も見えなかったのであろう。

 チャラ男Cが勝手に自爆したように、観客には見えたに違いない。


「おい、ハリト……いや、何でもない」


 レイチェル先生だけには見えていた。

 でも半分呆れた顔をしている。


 これは気まずい。

 会場の静けさが気まずいので、急いで闘技場を降りていこう。


「ふう、ただいま」


 ちょっとだけ疲れたフリをして、待機場に戻る。

 本当は疲労ゼロなのだが。


「ハリト様、お疲れ様です! さすがハリト様でしたわ!」


「お疲れハリト君! ナイスファイトだったね!」


 エルザとサラが出迎え、勝利を祝ってくる。

 お蔭でオレもほっと一息つく。


『それでは今の勝負は“ハリト団”の勝利! ハリト団は次に進出です!』


 会場の司会者からアナウンスが響き渡る。

 選抜戦は勝ち抜きトーナメント方式。

 少し時間が空き、次は二回戦だ。


「よし、次も頑張ろうね、ハリト君!」


「そうですわね。私も次は一撃で決めますわ!」


「まぁ、ここまで来たら……『目指せ、優勝』だね」


 こうしてハリト団は一回戦を無事に突破。


 学園代表の座を目指して、トーナメントを突き進んでいくのであった。

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