第18話再会

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトになった娘を、目立たないように見守っていく。


 偶然、発見した新たなる技“魔剣技(まけんぎ)”のために、魔の森でコッソリ練習中。

 二代目“真の勇者“の一人、女剣士レイチェル・エイザントに強襲を受けてしまう。


 誤解は解けたが、オレが大賢者マハリトであることがバレてしまう。


「……という訳で、新たなる世界の真理を探究するため、禁呪で十歳の身体に逆行転生しているんだ」


 バレてしまったものは仕方がない。

 万力のように抱きつくレイチェルを離すために、ここまで経緯を説明した。


 ちなみに娘がいること、は言わないでおく。


 だって……過保護な親バカだと思われたら、恥ずかしいじゃん……。


「そっか、マハリトおじ様は、また世界を救うため、こんな小さな身体に転生したのか……」


「いや、世界を救うつもりはないから」


「さすがはアタイの憧れ! 最高のおじ様!」


 腕は立つが、レイチェルは脳筋なところがある。

 話を半分くらいしか聞いていない。

 勘違い部分もあるが、更にややこしくなるので、訂正はしないでおこう。


「そういえばレイチェル、その“マハリトおじ様”って言うのは、恥ずかしいから止めにしないか?」


「何を言っているの、おじ様! だってマハリトおじ様は、私の命の恩人! そう……あれは今から十九年前、アタイがまだ九才のか弱い少女だった日……」


 レイチェルはまるで乙女のような口調で、静かに語りはじめる。

 そういえば昔から、やけに乙女っぽくなる時もある子なのだ。


「あの日のことは今でも忘れはしない……怖い魔物に襲われたアタイのことを、颯爽(そうっそう)と現れたマハリトおじ様が、助け出してくれた日のことを……」


 幼いレイチェルを助けた事件……そういえば、そんなこともあったな。


 当時、二十六歳だったオレは、まだ辺境の塔に引き籠る前。

 旧友のレイザードの家に遊びに行って、行方不明になった少女レイチェルを、魔法で助け出したのだ。


 懐かしい思い出だ。


「という訳で、アタイにとって、マハリトおじ様は永遠に、王子様! だから例えおじ様が十歳の男の子に転生しても、この呼び方は変えられないの!」


「あー、わかった。分かったから、落ち着け、レイチェル」


 エイザント家の連中は、一度決めたことはテコでも動かせない。

 呼び方に関しては、とりあえず諦めることにした。


「ところでレイチェル、お前は何でこんな深い森の中にいたんだ?」


 ここは街から外れた辺境の魔の森。

 街道も通っておらず、普通の旅人も見かけない場所なのだ。


「アタイは通行中さ。この先の“ある街”から呼び出しを受けて、近道だから通り抜けようとしたところ」


 魔物が多い森の中を普通、近道感覚で通行する者はいない。

 さすがは二代目“真の勇者”に一人といったところだ。


「そうしたら、いきなり魔力が高まる気配があって、直後、凄まじい爆炎が上がるのを発見。すぐ後には、なんと洪水のような大雨も降ったから、急いで駆けつけてきたわけ」


「そ、そっか……そうだったのか……」


 事情を聞いて、オレは気まずくなる。


 何しろ【魔剣技】の発動のために、魔力を瞬間的に高めたのはオレ。


 爆炎を上げて【豪炎斬(ゴウ・エン・ザン)】で、森を消滅させた犯人もオレ。


 鎮火のために豪雨を降らせたのもオレだ。


 たった一匹の大地竜(アース・ドラゴン)を倒すために、やり過ぎた感は否めない。


「そういえばマハリトおじ様は、どうしてこんな森に? あっ、もしかしてアタイに再会するために⁉」


「いや、違うから! えーと、今のオレはウラヌスという街にある“勇者学園”に通っている。だから腕試しのために、この森にきたのさ」


 学園生活のことを一通り説明しておく。


「えっ、ウラヌス学園⁉」


「ん? 知っているのか?」


 レイチェルは学園の名前に反応する。


 そういえば勇者学園が設立されたのは、今から十六年くらい前。

 二代目であるレイチェルなら、勇者学園制度のことも知っているであろう。


 というかレイチェルたち二代目勇者候補者たちが、最初の学園の生徒の可能性がある。


「ウ、ウラヌス学園……」


 ここまで過剰に反応しているところ見ると、レイチェルはウラヌス学園の卒業生かもしれない。


 いや、でもエイザント家があった場所から、この地域はかなり離れている。

 では、この反応は何だ?


「マハリトおじ様が、生徒として……」


 何かがおかしい。

 レイチェルは興奮した目つきで、オレの制服を凝視してくる。


 そういえばさっき『この先のある街に呼ばれて』って言っていた。

 ルート的に、森を抜けた先にある大きな街は……ウラヌスしかない。


「も、もしかしてレイチェル。ウラヌスの街で働くのか?」


 光悦な目でコクリと、肯定するレイチェル。


 やっぱり、そうか。

 そしてオレの制服姿を凝視しているということは……。

 嫌な予感しかしない。


「も、もしかして就職先は、ウラヌス学園に関係する感じかな?」


 コクリ。

 頬を赤く染めて、またもや肯定するレイチェル。

 そして潤んだ視線は、オレの剣に向けられる。


「け、剣? 剣ということは、まさか剣術の教師に就職を……?」


 コクリ。

 確定した。


 近々、学園にやってくる腕利きの教師は……このレイチェルだった。

 つまり来週から、生徒と教師の関係になるのだ。


「あのマハリトおじ様と同じ学園で……同じ屋根での毎日…………」


 レイチェルは怪しげな妄想の中に浸っていた。

 乙女モード全開で、両手を可愛く組んでいる。


 おい、待て!

 これはマズい!


 もしも教室で『マハリトおじ様』なんて呼ばれたら、一発でサラに正体がバレてしまう。


「おい、レイチェル。よく聞け! オレが大賢者マハリトであることがバレたら……大変なんだ!」


「えっ、大変⁉」


「そうだ! 正体がクラスメイトにバレたら……そ、そうだな……『オレは死んでしまう』んだ! 転生の禁呪の代償として!」


 もちろん、そんな代償はない。

 咄嗟に口から出た嘘だ。


「えっ……マハリトおじ様が死んでしまう⁉」


「ああ、そうだ。だからオレの命のために、学園では内緒にしてくれ!」


「もちろん! このアタイに任せて!」


 よかった。

 レイチェルは脳筋なところがあるが、約束は守る子だった。

 これで正体がバレてしまうことはないだろう。


「マハリトおじ様の命のために……気を付けないと……」


 レイチェルは真剣な顔で復唱している。

 こんな真面目な子に、嘘をつくのは気がひける。


(でも、正体がバレてしまったら、オレは“死ぬ”よな?)


 それは確信に近い。

 何故なら正体がバレいたら、オレはきっとサラに嫌われてしまう。


 娘から『信じられないよ、パパ! 十歳まで若返って、娘のクラスに忍び込むなんて……パパなんて最低!』と言われてしまうであろう。


 そうなったオレの心臓は、正常に動いている自信はない。

 あまりのショックで体内の魔力が暴走して、大爆発死する自信さえある。

 その時は大陸を破壊して巻き込まないようしないとな。


「それじゃ学園ではマハリトおじ様のことは、何て呼べばいいの?」


「今の偽名の“ハリト”でいいぞ。オレは『レイチェル先生』って呼ぶから」


 学園では教師と生徒の関係。

 ちゃんと互いの関係を構築していく必要がある。

 オレもレイチェルには少し敬語を使って話そう。


「『ハリト』と『レイチェル先生』……教師と生徒という禁断の関係……ごくり」


 レイチェルはまた良からぬ妄想に浸り始める。

 本当に教師としてやっていけるか、少し心配になってくる。

 大丈夫か、コイツ?


 まぁ、剣士と腕は間違いない。

 先ほど対峙したオレが保証できる。


 間違いなくレイチェル先生は、大陸最強クラスの一人。

 出来れば目立たてない授業ではなく、普通に教わりたい。


(ん? まてよ、そうだ!)


 その時、名案が浮かぶ。

 もしかしたら先ほどの悩みが、一挙に解決するかもしれない。


「レイチェル、たまにでいんだけどオレに個人的な、剣術の稽古をつけてくれないか?」


 先ほどの大地竜(アース・ドラゴン)への初撃で、自分の剣術の未熟さに気が付いた。

 魔剣技の精度を上げていくためには、根本となる剣術を磨くことが必須。


 大陸最強クラスの一人であるレイチェルに、こっそり教われたら、これに勝る特訓はないはず。


「大賢者であるマハリトおじ様が、剣術の稽古を? どうして今さら?」


「それには海よりも深い訳があって……とにかく、週一とかでもいいから、ガチな稽古をつけて欲しんだ」


「個人稽古……ってことはマハリトおじ様と二人っきり⁉」


「ああ、そういうことだ」


「もちろん大丈夫よ! 全てのスケジュールを優先するから!」


 レイチェルは満面の笑みで快諾してくれた。


 よかった。

 これで問題は解決した。


 とりあえず今日は時間も遅い。

 二人でウラヌスに戻ることにした。


「それじゃ、レイチェル。来週の土曜日から、よろしく頼むぞ」


 魔の森の中を駆けながら、今後のスケジュールを伝えておく。


 週末は土曜と日曜の二連休。

 その内に一日を、レイチェルとの特訓日に制定。

 これでオレの剣技と魔剣技は、更なる高みを目指せるであろう。


「ふふふ……これから毎日、マハリトおじ様の可愛い学生服姿を見られて……そして週末は二人っきりでデートを……」


 隣で駆けながら妄想モードに入っている女剣士……見なかったことにしておく。


 偉大なる研究の成功のためには、多少の諦めはつきものなのだ。

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