第17話強襲

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトになった娘を、目立たないように見守っていく。


 偶然、発見した新たなる技“魔剣技(まけんぎ)”。

 技を更に昇華するために、魔の森でコッソリ練習中。

 赤髪の女剣士に強襲を受けてしまう。


「二代目“真の勇者“の一人、このレイチェル・エイザントが、お前を成敗してやる! この魔族め!」


「いや、オレは魔族なんかじゃないって!」


「黙れ、魔族! 正体を暴いてやる!」


 女剣士レイチェルは問答無用で、斬りかかってきた。

 その両手持つのは、見覚えのある巨大な大剣。


(あの大剣は【神武器(かみぶき)】……“竜王裂き”か)


 それはかつての仲間レイザードが愛用していた、特別な【神武器(かみぶき)】の一振り。

 おそらく“真の勇者”だった親から、受け継いのであろう。


「砕け散れ、魔族め!」


 強大な破壊力を有する【神武器(かみぶき)】の刃先が、目の前に迫る。


「うおっ⁉ 危ないってば!」


 レイチェルの斬撃を、間一髪で回避。

 同時に【立体移動】で木の上に退避。


 直後、大地に大きな亀裂が走る。

 先ほどまでオレがいた場所だ。


「うぉっ、危なっ⁉」


 距離をとって、更に相手の間合いに退避する。


「ちっ、このアタイが外しただって⁉ その奇妙な動き……まさかキサマ、上位魔族か⁉」


「いや、だから魔族じゃないって! 上位魔族でもなくて、普通の人族だから、オレは!」


「言い逃れは無駄だ! 普通の人は、このアタイの一撃を……二代目“真の勇者”の斬撃を回避できる訳ないだろう!」


「いや、そうかもしれないけど……」


 レイチェルの言っていることは間違っていない。

 普通の腕利きの戦士でも、先ほどの彼女の一撃は、回避不可能な鋭さ。


 反射神経と五感、肉体を魔法で最大限に強化したオレですら、ギリギリで回避したのだ。


(今の本当にヤバイ一撃だった……あんなに小さかったレイチェルちゃんが、本当に二代目になっていたのか……)


 前に会った時は、十九年くらい前……彼女が九歳くらい時。

 あの時は恥ずかしがり屋で、元気な可愛い女の子だった。


 だが別人のように成長。

 今の一撃で実感した。


 まさに大陸最強の剣士の称号の一つ、“剣帝”の保有者。


 このオレですら油断が出来ない、凄腕の剣士になっていたのだ。


「まさか上位魔族だったとはな……それならアタイも“全力”を出さないとねぇ!」


 レイチェルが気合の声を上げる。

 体内の魔力が、極限まで向上。


 全身を眩しい光が包んでいく。

 剣帝としての真の力を発揮しようといた。


「さすがに、あれはマズイぞ……【麻痺・強度】!」


 無詠唱で魔法を発動。

 レイチェルの動きを封じ込める。


(この魔法なら、さすがにどうだ?)


【麻痺・強度】は普通の麻痺魔法ではない。

 麻痺系の上位クラスの魔法。

 強度な魔法耐性がある魔族ですら、一撃で麻痺化させるオレのオリジナル魔法だ。


「これは麻痺系の魔法か⁉ ちょこざいな! 覇(は)ぁあああ!」


 レイチェルは気合いだけで、【麻痺・強度】を解除。

 ……いや、魔法ごと吹き飛ばしたのだ。


「なっ⁉」


 魔術理論的にはあり得ない解除方法をされた。

 これには流石のオレも驚く。


(くっ、そういえば父親の方……レイザードの野郎も、この手の魔法は効きにくかったな……)


“レイザード・エイザント”は勇者時代のオレの仲間であり、レイチェルの実父。

 アイツも状態異常系の魔法に、異様に強かった。


 今回も娘に同じように解除された。

 おそらく遺伝的にエイザント家の者は、状態異常への耐性が強いのかもしれない。


(動きが止められないか……これは困ったぞ)


 知り合いの娘と、出来れば無益な戦いはしたくない。

 それに何とかして誤解も解かねば。


「卑怯な攻撃は今ので終わりかい? それじゃ、次はこっちの攻撃の番よ、魔族め!」


「いや、だから魔族じゃないって!」


「さて、いくよ!」


 麻痺攻撃を強引に解除して、レイチェルは興奮している。


 そういえば、元々、人の話を聞かない子だったような気がする。


 くそっ……こうなったら話し合いで止めるのは難しいであろう。


(でも、どうやって止めよう。こうなったら……攻撃魔法で動きを止めるか⁉)


【麻痺・強度】が効かないとなると、他の状態異常魔法も難しい。


 だが大賢者としての攻撃魔法を使えば、“真の勇者”クラスにもダメージを与えられる。


 逆行転生のデメリットで、全盛期の魔力まで高められないが、魔法の種類によっては何とかなるはずだ。


(いや……その場合、手加減が難しい)


 攻撃魔法の威力の調整は、かなり精度を要する。

 特に今の逆行転生の影響で、たまに魔力調整に失敗してしまう。


 失敗した最悪の場合、レイチェルを攻撃魔法で殺してしまう危険性もあるのだ。


「くっ、こうなったら退避しよう……【飛翔】!」


 無詠唱で飛行系の発動。

 もはやレイチェルの説得は難しい。


 だから飛行魔法で、森から退却を選択したのだ。


「逃がさないわよ、魔族め!」


 だがレイチェルの反応は予想以上だった。

 こちらの飛行ルートを先読み。

 凄まじい身体能力で立ちはだかる。


「くっ⁉ 強化魔法もなしで、その動きを⁉」


 進路を塞がれて、思わず毒づく。

 この間合いでは前衛タイプの相手が有利。


 何しろ無詠唱でも飛行魔法は、発動までコンマ何秒もかかる。

 一方で生粋の前衛なレイチェルは、生まれ持っての反射神経と身体能力だけで、瞬時に反応してくる。


 魔術と戦術の理論を、相手は気合だけで封じ込めてくるのだ。


(くっ……これだから前衛の連中は……)


“真の勇者”クラスは、まさに生まれながらの規格外の集約。

 もはや人の概念を越えている。

 敵として対した時、ここまで厄介だとは。


「今度は術すら使わせないよ、魔族め!」


 レイチェルが一気に間合いを詰めてくる。

 鋭い大剣の刃先が、目の前に迫ってきた。


 凄まじい踏み込みと剣速。

 常時展開している防御魔法では、耐久力が持たない!


「くっ、仕方がない!」


 生半可な魔法では対応不可能。

 それならこちらも剣技で……【魔剣技(まけんぎ)】で応じるしかない。


(それも相手を傷つけない防御系で、いくしかない!)


 混沌剣を正眼の型で構えて、防御に備える。


「防御だと⁉ 無駄な足掻きを! 叩き折ってやる! 『全ての魔を潰し斬れ……剣闘技、【魔破斬り】』!」


 レイチェルは大剣系の剣闘技、強力な奥義を発動。


 凄まじい魔力に覆われた剛剣が、オレの頭上に迫る。


「ふう……」


 だがオレは静かに剣を構え、意識を集中。

 魔力を高めていく。


 今回の相手は普通ではない。

 今までび中でも、極大の魔力値でいく。



 ――――◆――――


 《術式展開》


 魔力を剣に集中


 “水”の属性


 “流転”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


「深き水よ、全てを受け流せ……魔剣技、【流水剣(リュウ・スイ・ケン)】!」


 無詠唱で魔剣技を発動。

 混沌剣が水の刃をまとう。


 オレはその剣で防御する。


「水の剣だと? 付与魔法の剣か⁉ そんなモノで、アタイの奥義は防げないよぉ!」


 レイチェルは構わずに攻撃を続行。

 真魔王にすら致命傷を与えた奥義を、降り下してくる。


 ヌルン♪


「なっ⁉」


 だがレイチェルは言葉を失う。


 混沌剣と大剣が触れ合った瞬間、魔剣技が発動。

 まるで小川に流された浮き葉のように、大剣は受け流されてしまったのだ。


(よし! 成功したぞ!)


 実験段階の水の魔剣技が、上手く相手の隙を作ってくれた。

 心の中で思わずガッツポーズ。


【流水剣(リュウ・スイ・ケン)】は攻撃力が皆無。

 その代わり、強力な攻撃をも受け流すことが出来るのだ。

 実戦で使うのは初めてだったが、何とか実験通りに発動してくれた。


「ば、馬鹿な……アタイの必殺の奥義がが……⁉」


 一方で体勢を崩しながら、レイチェルは驚愕していた。

 真魔王の防御壁すら打ち砕いた自慢の一撃。


 それを小ぶりの片手剣で受け流された。

 さすがに信じられないのだ。


(よし、隙あり! 今なら……【精神・安定】!)


 その心の隙を見逃さない。

 特殊な魔法を無詠唱で、相手に向けて接触発動。


【精神・安定】は特殊な魔法。

 相手を攻撃させるのではなく、相手の精神を回復させる魔法だ。


(これなら、この子にも効くはずだ!)


 レイチェルが幼かった時、暴れて怪我しそうになった彼女に対して、オレはこの術を使ったことがある。

 当時の彼女にも十分に効果があったから、今でも効くはずなのだ。


「えっ? えっ? これは……」


 よし、術は上手く発動してくれた。

 興奮状態だったレイチェルの表情が一変。


 冷静さを取り戻している。

 先ほどまでの鬼のような殺気は消えていた。


 よし、今なら説得も出来るかもしれない。


「も、もしかして、アンタは魔族じゃなくて……」


「ああ、そうだ。オレは普通の人族だ」


「そっか……」


 どうやら誤解は上手く解けそう。

 レイチェルの表情が和らぐ。


 よし、あとはオレがウラヌスの街の学園生であること証明。

 事情を適当に誤魔化して説明して、何とか納得してもらう。


「そういえ……この【精神・安定】の魔法にかかった感覚は? ああ、覚えているぞ……ということは、アンタは魔族なんかじゃなくて、あの“マハリトおじ様”!」


「あっ、うん。だから最初からそう言っていたらろう、レイチェルちゃん……あっ⁉」


 思わず昔の感じで返事をしてしまった。

 レイチェルちゃんという当時の呼び方で。


「やっぱり! アタイのことを『レイチェルちゃん』って呼ぶ人は、この世界でもマハリトおじ様ただ一人! 会いたかったわ、おじ様!」


 感極まってレイチェルが抱きついてくる。

“真の勇者”クラスの前衛の全力の抱きつきは、大木すら潰し折る。

 もはや脱出不可能な拘束技だ。


「い、いや、今のは間違えて……」


 早く誤解を解かいないと。

 いや誤解を解くじゃなくて、誤魔化さないと。


「そうだ、偶然、レイチェルちゃん、って呼んでしまって……」


「あれ、でも、あのダンディなマハリトおじ様が、どうして子どもの姿に⁉ まっいっか、愛しのおじ様に再会できたことだし!」


 誤魔化し作戦は失敗。


 そういえば忘れていた。

 レイチェルちゃんは昔から、人の話を聞かない暴走っ娘だった。


 もはや誤魔化すとこは不可能。

 というか正直に話して、離してもらわないと。

 万力のようなハグで、オレの内臓が飛び出てしまう。


「い、いや……これには魔界海峡より深い訳があって……だから離してくれないかな、レイチェルちゃん?」


 こうして二代目である女剣士レイチェルに、正体がバレてしまうのであった。

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