第19話稽古

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 クラスメイトになった娘を、目立たないように見守っていく。


 魔の森でコッソリ練習中。二代目“真の勇者“の一人、女剣士レイチェル・エイザントに強襲を受けてしまう。


 誤解は解けたが、オレが大賢者マハリトであることがバレてしまう。

 ウラヌス学園の剣術教師になるレイチェルには、内緒にしてもらうことにした。


 ◇


 レイチェルと森で再会してから、二日が経つ。

 今日は週初め、朝一のホームルームの時間となる。


「それでは皆さんに、新しい剣術指南の先生を紹介します。レイチェル先生、お入りください」


「レイチェル・エイザントだ。アタイのことはレイチェル先生を気軽に呼んでくれ!」


 担任のカテリーナ先生からの紹介を受けて。

 赤髪の新教師レイチェルが、オレたち生徒に向かって挨拶する。


 昨日のデレデレした乙女モードではない。

 覇気のあるキリリとした剣帝モードだ。


「ねぇ、“レイチェル・エイザント”って、もしかして……」


「ああ、あの“剣帝”レイチェル様だぞ!」


「まさか二代目様が、剣術指南役になってくれるなんて……」


 レイチェルの姿を見て、男子の候補生たちがザワつく。

 何しろ彼女は十三年前に、真魔王を倒した“真の勇者”の一人。

 大陸中の若者たち、特に男子とって憧れの存在……らしいのだ。


 そしてザワついているのは男子だけはない。


「レイチェル先生……綺麗でカッコよくて素敵ね……」


「そうよね……長身なのに、女らしい身体つきだし……」


「それに二十代後半には見えない若々しさで……本当に素敵よね」


 女子生徒も別の意味でザワついていた。

 たしかにレイチェルの顔は美人の部類。

 無駄な筋肉がついていないので、モデルのような体型だ。


(まぁ、あれで中身は戦闘好きな脳筋で、乙女チックな部分もあるんだけどな……)


 クラスメイトの浮ついた様子を、オレだけが冷めた目で見ていた。

 レイチェルの素を知っているだけに、これからの毎日が心配でしかないのだ。


(そういえばサラは? どんな反応かな?)


 教室の前にいる、銀髪の少女に視線を移す。

 サラは下を見ながら、何やら呟いている。


(ん? 何を呟いているんだ、サラ? 【聞き耳】……)


 無斉唱でこっそり魔法を発動。

 誰にも気がつかれないように、サラの言葉を聞いてみる。


『レイチェル先生……凄く素敵な人……私も大人になったら、あんな女性らしい身体になれるのかな……』


 サラは自分の胸に手を当てて、何やら苦悩していた。

 詳しくは分からないが、年頃の女の子には色んな悩みがあるのであろう。


 父親として気になるが、ここは聞かなかったことにしておく。


 何故ならオレは知っているのだ!


《年頃の娘に嫌われてしまう、父親の行為ランキング》

 ……その第一位がなんと『過度に娘に干渉する父親』なのだ。


 これは極秘に入手した研究書に、書いてあった事実。

 だから学園生活では娘のことに、オレは極力干渉しないようにしている。


 ちなみに『年頃の』というのが、かなり曖昧すぎる表現。

 研究書によると『年頃とは、父親と一緒にお風呂に入るのを嫌がる時期』と書いてあった。

 つまり我が家では三年前のあの日からだ……


 ◇


 あの日のことは、今でも忘れもしない。

 突然サラが、『パパ、今度からサラ、一人でお風呂に入れるように練習したいの!』と言ってきた日のことを!


 オレは平常心を装って『あー、そうかー。一人で頑張れるようするんだね、サラ。偉いね!』と返事をした。


 だが内心では頭が真っ白になるほど混乱。


 その後、《年頃の娘に嫌われてしまう、父親の行為ランキング》の書物を発見して、なんとか一命を取りとめたのであった。


 ◇


 はぁはぁ……。


 当時のことを思い出したら、また動悸が苦しくなってきた。

 これはマズイ……。


 無詠唱で【精神。安定】の魔法を自分に発動。


 平常心……平常心を取り戻さないとな。


「ふう……」


 よし、深呼吸をして、心が落ち着いた。


 それにしてもサラのことが心配になると、過呼吸気味になってしまう。

 この得意な体質を、なんとか治していかないとな。


「それでは、せっかくレイチェル先生も就任してくれたので、今日の一時間目は、近接訓練をします」


「「「よろしくお願いします!」」」


 いつの間にかホームルームの時間も終わっていた。

 これから全員で訓練場に移動して、近接訓練をすることなる。


(レイチェルの授業か……少し心配だな……)


 悪いが彼女は脳筋で、理論とは遠く離れているイメージ。

 人に教えることは出来るか、ちょっと心配だ。


 とりあえず用心して訓練場に向かおう。


 ◇


 クラスメイトと共に訓練場に移動。

 レイチェル先生の授業がスタートとなる。


「えー、それでは始めるよ! まずはお前たちの実力が見たいから、二人一組で乱取り稽古をしろ」


「「「はい!」」」


 おっ、最初は、生徒の実力を測る時間にするのか。

 なかなか合理的だな。


 学園での“乱取り稽古”とは、自由に技をぶつけ合う稽古方法。

 使うのはいつもの金属製の訓練武器。


 それに加えて、互いに魔力で防御力を高めて行う。

 攻撃が当たっても、怪我をする危険性が低い。


 そのため互いに色んな技を出し合えるのだ。


「さて、オレは誰とやろうかな? って、誰もいないな?」


 気がつくと、既にクラスメイトは乱取り稽古を初めていた。

 訓練で一人(ぼっち)なのはオレ一人くらい。


 いつものチャラ男三人組は、一人が風邪で休んでいる。

 だから偶数で余らない。

 オレに突っかかっていく奴が今日に限って誰にいないのだ。


「えーと、ハリト君……」


 そんな時、後ろから声をかけてくる少女がいた。


「えっ? サラ⁉ どうしたの⁉」


 声をかけてきた愛娘。

 いきなりだったから驚いてしまった。


「実は稽古の相手がいなくて……大丈夫かな、ハリト君?」


「えっ……稽古の相手に、オレが⁉」


 突然のことで思わず声を上げる。

 何故なら入学してから今まで、サラとは実戦系の稽古の相手を一度もしてない。


(いくら安全な稽古でも、大事なサラに攻撃は出来ない……)


 というかオレが密かに避けてきたのだ。

 そう、昨日までの授業では。


「私、他に頼める人がいなくて……」


 サラは困った顔をしている。

 他のクラスメイトの組み合わせは完了済み。

 今残っているのは、オレとサラの二人しかいないのだ。


(サラを助けてやらないと……でも)


 いや、それでもサラとの稽古は出来ない。

 大事な愛娘に攻撃を加えることなど、絶対には出来ないのだ。


「もしかして、迷惑だったかな、ハリト君? ごめんさい……」


 申し訳なさそうに、サラは悲しそうに顔になる。

 これはいかん!


「いや、大丈夫だよ、サラ! もちろん大丈夫さ!」


 大事な娘に、孤独な想いをさせる訳にいかない。

 精一杯のカラ元気で了承する。


「本当⁉ ありがとう、ハリト君!」


「こんなオレでよかった、何回でも打ち込んできていいよ! 何だったら真剣で突き刺してきてもいいから!」


 こうなったら全力で稽古の相手をするしかない。


「うっふふ……面白い冗談ね、ハリト君。では、よろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしくお願いします、サラ!」


 サラと向き合い稽古を開始だ。


 サラは細身の剣の半身で構えている。

 オレは短めの片手剣を、正眼に構える。


「じゃあ、いくよ、ハリト君!」


「ああ、どんときて!」


「とう!」


 可愛い気合の声と共に、サラが攻撃をしかけてきた。

 鋭い踏み込みと共に、オレの胸への突き攻撃だ。


(おっ? なかなか速い踏み込みだな……)


 サラの攻撃の速さに、思わず感心する。

 入学当時よりも、格段に動きが早くなっていた。


「よっと」


 サラの突きを受け流しながら、オレは回避する。

 もちろんサラの腕に衝撃がいかないように、細心の手加減を加えてある。


「さすが、ハリト君ね! 次、いくよ! はっ!」


 初撃を回避されながらも、サラはすぐに次の攻撃をしかけてきた。

 今度は下段への横払い攻撃。


(おっ、これも良い感じの攻撃だな)


 娘の攻撃が、予想以上に様になっている。

 サラからの連続攻撃を受け流していきながら、思わず感心する。


(そういえばサラは型の稽古も、ずっと一生懸命に頑張っていたよな……)


 近接戦闘の素人であったサラは、訓練中いつも型の練習に励んでいた。

 誰よりも早く訓練を開始して、居残り練習に励むことも多い。


(この上達ぶりは、もしかしてサラは近接戦闘の才能もあるじゃないかな⁉)


 思わぬ娘の才能に、父親として思わず嬉しくなる。

 他人に聞かれた“親バカ”だと思われてしまうので、心の中だけで歓喜しておく。


(でも才能があっても、近接戦闘は危険が多いからな……)


 サラの成長は嬉しいが、危険なことは避けて欲しい。

 矛盾に満ちた父親としての苦悩だ。


 そんなことを思いながら、サラの攻撃を受け流していく。


「はぁ、はぁ……ねぇ、ハリト君。回避ばっかりしてないで、反撃してちょうだい」


「えっ? 反撃を?」


「だって、ハリト君が反撃してくれないと、私も練習にならないから」


 あっ、そうった。

 乱取り稽古だから、オレも攻撃を仕掛けないといけないのか。


 本当は攻撃したくないけど、仕方がないので攻撃する。


「いくよ、サラ!」


 サラの肩の部分に、攻撃を仕掛ける。


 だが剣先が当たる寸前、剣先を止めた。


“寸止め”でサラにダメージが与えないようしたのだ。


 よし、これならサラは痛くない。

 良い訓練になるだろう。


「ねぇ、ハリト君。寸止めはダメだよ! 先生も言っていたでしょ? ちゃんと打ち込んでくれないと!」


 だがサラはほっぺを膨らませて怒っていた。


 怒った顔も可愛らしいけど、一体どうして、怒っているんだろう?


「えっ? でも、当てちゃったら、サラが痛いから?」


「ハリト君の気持ちは嬉しいけど、これじゃ稽古の意味がなくなっちゃうよ! 私、頑張ってもっと強くなりたいの……」


 サラは悲しそうな表情になる。

 何かを想いつめている。


(サラ……そうか……)


 娘は強い覚悟を決めていたのだ。

『勇者候補として強くなりたい』と。

 そのためには多少の痛みや傷には、耐える覚悟があるのだ。


「ごめん、サラ。次はちゃんと打ち抜くよ」


「ありがとう、ハリト君。じゃあ、もう一度、打ち込んできてちょうだい!」


 娘の大事な覚悟を、蔑(ないがし)ろにが出来ない。

 寸止めはしないで、次は攻撃を当てる約束をする。


(サラのためにも、ちゃんと攻撃を仕掛けないとな……ん?)


 いや……ちょっと待て、オレよ。


(サラに……大事な娘に打撃を加える、だと⁉)


 そんなことは死んでも出来ないぞ、オレよ!


 今のオレが手にしているのは訓練武器。

 それに互いに魔力で防御力を高めて行うので、攻撃が当たっても怪我をする危険性が低い。


 だが訓練武器とはいえ、ダメージはゼロではない。


(万が一、億が一の可能性で、サラに致命傷が当たってしまったら⁉)


 そんなことを脳裏に浮かび、思わず足が止まる。

 何しろ稽古中の怪我は日常茶飯事。

 現に前衛の候補生たちは、いつも全身が訓練での生傷だらけなのだ。


(サラに怪我をさせてしまう……)


 か弱くて色白なサラの肌に、青アザが出来てしまうかもしれない。

 そんなことは死んでも出来る訳ないじゃないか!


「じゃあ、ハリト君。ドーンと打ち込んできてね!」


 だがサラは防御の型で、待ちかまえている。

 このまま攻撃を仕掛けないと、逆に怒ってしまう可能性が高い。『ハリト君なんて大嫌い!』と。


 そうなったオレは立ち直れる自信がない。


 でも、攻撃を当てられない。


 くそっ……どうすれば……。


(攻撃を当てても……ダメージは与えたくない……ん? あっ、そうだ!)


 その時、あるアイデアが浮かんできた。


 よし、これなら理論的に上手く。

 サラに全力で攻撃を当てても、娘はまったくのノーダメージになるはずだ。


「よし、いくよ、サラ!」


「さぁ、こい、ハリト君!」


 サラに向かって踏み込んでいく。

 同時に意識を集中。

 魔力を高めていく。


 今回の相手は大事な娘。

 魔力は最小値で、細心の精度で行う。


 ――――◆――――


 《術式展開》


 魔力を剣に集中


 “風”の属性


 “無効”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


(全てのダメージを打ち消せ……魔剣技、【無効斬(ム・コウ・ザン)】!」


 心の中の無詠唱で魔剣技を発動。

 訓練剣が一瞬だけ光る。

 そのままサラの肩に、強烈な一撃を加える。


「くっ……凄い衝撃と打撃音……さすがね、ハリト君!」


 打撃を受けて、サラは間合いを外す。

 そして稽古がスタートして、嬉しそうな顔になる。


(よし、バレてない。上手くいったぞ!)


 オレも心の中でガッツポーズ。

 今放ったのは魔剣技の一種である【無効斬(ム・コウ・ザン)】。

 自分の剣に【物理ダメージ無効】の防御魔法をかけたものだ。


 斬撃を受けたものは、斬撃とダメージを受けた錯覚に陥る。

 だが実際にはダメージは全く受けていない。


 簡単に説明するなら、この打撃を受けたものは、『攻撃を受けた感はあるが、一切のダメージを受けない』という仕組みなのだ。


 かなり複雑な術式が必要な、今まで最高難易度の魔剣技。

 だが、これなら相手に気がつかれないように、超安全に乱取り稽古をできる。

 まさにオレとサラのためにあるような魔剣技なのだ。


「次はこっちから、いくよハリト君!」


「よし、こいサラ!」


 こうしてサラに嫌われることなく、充実しら稽古の時間を過ごしていくのであった。

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