第37話 自信と責任


「ある時、花恋かれんに対する感謝の気持ちに、違う感情が混じってることに気付いた。花恋かれんのことを考えるとドキドキする。手を握りたい、唇に指で触れたい。髪に顔を埋めたい、抱き締めたい……そんな気持ちが大きくなっていた」


 淡々と語る蓮司れんじの言葉に、花恋かれんれんが顔を真っ赤にした。


「そして思った。僕は花恋かれんのことを、一人の女性として意識してるんだと。そうだよね、れんくん」


 そうれんに投げかけると、れんも恥ずかしそうにうつむき、小さくうなずいた。


「自分の人生全てを捧げても返しきれない、それくらい花恋かれんに恩を感じてる。それなのに僕は、そんな恩人に邪な気持ちを抱いていた。いかがわしい欲望を抱いていたんだ。それは許されることじゃない」


「もういい、分かったから……ちょっと待って」


 耳まで赤くした花恋かれんが、そう言って蓮司れんじの言葉を遮った。


「いくら正直にって言っても、生々しすぎるわよ。何でもう、あなたって人は……いつも無口な癖に、話し出したら止まらないんだから」


「ごめんよ。でも、これが本心なんだ」


「それにしてもよ。そこまで恥ずかしい告白なんて、別にしなくていいの」


「これでもかなり抑えてるんだけど」


「それでも駄目。目の前には思春期の子供もいるんだからね」


「……そうだった、ははっ。二人共ごめんね」


 穏やかに笑った蓮司れんじに、落ち着かない様子でれんがうなずく。


「僕は花恋かれんのことが好きだった。でもそれは、花恋かれんにとっては迷惑な話だ。花恋かれんにだって選ぶ権利があるし、何よりこんないい子なんだ、世の男共だって放っておかない筈だ、そう思ってた。

 なのに花恋かれんは幼馴染という理由だけで、僕から離れずにいてくれた。その鎖を断ち切ってあげたくて、僕は自分の気持ちを花恋かれんに伝えた。

 それなのに、何がどうなってか分からないけど、僕の告白は受け入れてもらえた。僕より遥かにスペックの高い大橋くんを振って、花恋かれんは僕のことを好きだと言ってくれた。

 あの時の花恋かれん、何か悪い物でも食べたんじゃないかと思ったよ。どう考えても僕と付き合うなんて、馬鹿な選択としか思えなかった。だから僕は、自分で告白しておきながら悩んだよ」


「馬鹿」


 そう言ってもう一度、花恋かれん蓮司れんじの頭を小突く。

 さっきよりも少し強めに。


「それでもあの時言ってくれたこと、あれは本当だったんだよね」


「うん……花恋かれんを縛ってる鎖を切ってあげたい、そう思ってた筈なのに、いざ告白となった時、花恋かれんへの気持ちがどんどん溢れてきた。止まらなかった、抑えられなかった……花恋かれんが好きだ、これからもずっと一緒にいたい、そう思った」


「嬉しかったんだよ、あの時」


 照れくさそうにそう言って、花恋かれんが笑った。


「告白を受けてもらった以上、僕には花恋かれんを幸せにする責任がある。だから僕も頑張った。花恋かれんの笑顔を守りたい、毎日楽しく過ごして欲しい、そう願った。

 でも残念ながら、僕のスペックは一向に上がらなかった。就職活動も全滅、何とか雇ってくれた今の職場だって、僕の能力じゃいつまでいられるかも分からない。こんな僕に、花恋かれんを幸せにすることが出来るんだろうか。そんな風に思っても仕方ないと思う」


「私はそんなこと、全然気にしません」


 自嘲気味に笑う蓮司れんじに向かい、花恋かれんより先にれんが言葉を挟んだ。


「例えどんな仕事であっても、蓮司れんじさんが頑張ってる、それだけで私は満足なんです。それに花恋かれんさんだって働いてます。一緒に頑張っていけばいいだけなんです。

 そんなことより私は、私のことを大切にしてくれる、想ってくれる人と一緒に生きていきたいんです。そしてそれは蓮司れんじさん……れんくんしかいないんです」


「確かにまあ、不安定な収入となると大変かもしれない。でも蓮司れんじの職場だって、給与は安定してたじゃない。生活に不安を感じるような条件でもない。そんなことで私が不幸になるだなんて、幼馴染の初恋を軽く見ないで欲しいわ」


「……」


「それにね、告白を受け入れたのは私の意思なの。蓮司れんじのおばさんに頼まれたからじゃないし、幼馴染の責任から生まれたものでもない。

 誰よりも優しくて、誰よりも相手のことを考えて行動する、そんなあなただから、私は好きになったの。そんな私の気持ちを無視して、資格がないとか自信がないとか、勝手に言ってほしくないわ。何であなたってば、そうネガティブにばっかなるのかしら」


「でもやっぱり、僕には花恋かれんを幸せにする自信がなかった。だから別れ話を切り出された時も、納得したんだ。やっと花恋かれん、気付いてくれたんだって」


「そんな訳ないでしょ。今だから言うけどね、あの時だって私、あなたが別れたくないって言ってくれるの、待ってたんだから」


「そうなのかい?」


「ええそうよ、すいませんでした。ああいう時ってね、全部が全部本音って訳じゃないの。そりゃあ、試すような言い方をして悪かったと思ってる。でもね、否定してほしいから言ってしまう言葉ってのもあるのよ」


「人付き合いって本当、難しいんだね」


「自分でも面倒くさい女だなって思った。でもね、まさか蓮司れんじが了承するなんて思ってもなかった。だからあの日家に帰ってから、ずっとあなたの電話を待ってた。やり直してほしい、そう言ってくれるのを待ってた」


「自分からはしなかったんですか」


れんちゃん……自分から別れておいて、それは言えないでしょう」


花恋かれんさん、私ってば、10年経ってかなり面倒くさい女になってるんですね」


「言わないで言わないで、自分でもそう思ってるんだから」


 そう言って頭を抱える花恋かれんを見て、れんが笑った。





 どうなることかと思いながら始めた話し合い。

 3年間、ほとんど会うこともなかった二人。

 でもこうして顔を合わせると、私たちと同じように軽口を叩き合っている。

 やっぱり私とれんくんなんだ。

 やっぱり幼馴染なんだ。

 そんな人と巡り合えたことに感謝しつつ、れんは自分の中にある最後の疑問を口にした。



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