第27話 意外な遭遇


「ほんっと、私って馬鹿だ」


 そう言ってうなだれるれんを見て、れんは苦笑した。


「なんで出る時間、確認しなかったかな」





 蓮司れんじ花恋かれん。二人をまた付き合わせる。

 そう決めたれんは、れんを連れて花恋かれんの家に向かった。


 説得するなら花恋かれんさんからだ。自分のことは自分が一番分かっている。

 それに今はれんくんも一緒。花恋かれんさんだって、れんくんを見れば気持ちが動く筈だ。

 だって私なんだから。

 蓮司れんじさんには意固地になっても、れんくんの話なら聞く筈だ。


 早くしないと花恋かれんさん、今日大橋くんと会うって言ってた。昨日の様子だと、ひょっとしたら告白を受けてしまうかもしれない。

 そうなったらもう、どうすることも出来ない。

 大橋くんには申し訳ないけど、でもそれでも、私はれんくんと同じ未来を生きていきたい。


 そう思い花恋かれんの家へと戻ったのだが、肝心の花恋かれんは既にいなかった。

 玄関先で頭を抱え、恨めしそうにれんがつぶやく。


「……私ってばさ、いつも肝心な時にこうなんだよね。詰めが甘いって言うか」


「そういう所、確かにあるかもね」


れんくんひどーい。こういう時はちゃんと慰めてよ」


「ごめんごめん。それで? 花恋かれんさん、どこで会うって言ってたのかな。今から行けば、まだ間に合うかも」


「……聞いてませんです、はい」


「なるほど。流石はれんだね」


「ううっ……自分のことながら情けない」


「まあ、行っちゃったものは仕方ないよ。終わったことを悔いるより、次の手を考えた方がいいと思う」


「こうなっちゃうと、れんくんの方がポジティブになるって言うか、ほんと……れんくんのそういうところ、私も見習わないとね」


「僕は僕に出来ることを考えるだけだよ。先に説得したかった花恋かれんさんはいなかった。ひょっとしたら花恋かれんさん、大橋くんの告白を受けてしまうかもしれない。でも、それは後から考えればいい。

 僕らにはまだ出来ることがある筈だ。今はそれを考えるべきだし、その方が建設的だと思う」


「分かった。落ち込むのは後にする」


「どちらにしても、花恋かれんさんの居場所は分からない訳だし、やっぱり蓮司れんじさんかな」


「そうだね。順番が変わっちゃったけど、まず蓮司れんじさんの説得からやってみよう。れんくんがちょっと心配だけど、大丈夫、私が何とかやってみる」


「ははっ。僕って本当、役に立たなさそうだね」


「そういう意味じゃないってば。ただ……れんくんにとって、蓮司れんじさんは未来のれんくんなんだけど、お兄さん、みたいな感じでもあるでしょ」


「そうなんだ」


 流石れん、よく見てるなとれんは思った。


「うん。蓮司れんじさんのことを話してるれんくんを見ててね、そう思った。どう言ったらいいのかな、理想の自分に出会えた、みたいな感じ? 蓮司れんじさんのことを話してる時のれんくん、ちょっと嬉しそうだったし」


「ははっ、そうかもね」


「よし! じゃあUターン、蓮司れんじさんの街まで戻るとしますか」






「……あれ? ねえねえれんくん、あれって」


「だね……10年後の世界で、このツーショットを見ることになるとは」


 駅前の喫茶店の前で、れんが頭を掻きながら苦笑する。


「私と」


「僕の母さん、だよね」


 れんの母、赤澤みつ子とれんの母、黒木昌子だった。

 馴染みの喫茶店で談笑している二人に、れんが嬉しそうに笑顔を向けた。


れんくん、ちょっとだけ寄り道してもいいかな」


「駄目って言っても聞かない顔だよ、れん


「あはっ、やっぱ分かる?」


「勿論。れんだからね」


 そう言って笑い合い、二人は店内へと入っていった。


 昌子とみつ子。二人はれんれんが生まれる前からの友人だった。

 同じ時期この街に越してきた二人は、出会った時から意気投合し、家族ぐるみでずっと付き合ってきた。

 年齢も近い彼女たちは、互いに子育ての苦労話などを共有し合い、まるで本当の姉妹のように仲睦まじく付き合っていたのだった。


「私たちが別れた後でも、二人は会ってたんだね」


「子供の恋愛と友情は別。母さんたちならそう言いそうだけどね」


「確かにね、ふふっ」


 昌子とみつ子、二人が向かい合っている中、れんれんは傍にあった椅子を手に、互いの母の隣に座った。

 ミウの言った通り、誰も自分たちの存在、そして移動した椅子のことも認識しない。


「でも本当、久しぶりよね。こうしてみっちゃんと話すのも」


「まぁちゃん、私を避けてたみたいだし」


「何よそれ」


「うふふふっ。でもまあ、お互い色々あるからね。こうやってゆっくり会う機会、確かに減ったわよね」


「家でもやらなくちゃいけないこと、色々あるし」


「弘美ちゃんとはどう? うまくやってる?」


「勿論よ。あの子は本当にいい子だから」


「智弘くん、いい人と結婚したわね」


「私にしてみれば、あの子の唯一の親孝行よ」


「何それ、酷い言い方」


「だってそうでしょ? あの子、私の言うことなんかまるで聞かなかったんだから。それでもまあ、真面目に育ってくれたからよかったんだけど。

 あの子、ちょっとれてたって言うか、何を考えてるかよく分からないところがあったし。父さんの言うことは、それなりに聞いてたみたいだけど」


「男の子なんてそんなものでしょ。いつの間にか親離れして、知らない内に大人になってる」


「でもあの子、父さんが長くないって分かった頃から変わったわ。そしてすぐ、弘美ちゃんを家に連れてきたの。『この人と結婚する』って言って」


「親孝行、生きてる間にしたかったんでしょうね」


「父さんが亡くなってすぐ、私と一緒に住むって言ってくれて……本当、あの時は嬉しくて泣いちゃったわ」


「まぁちゃんを守れるのは自分だけ、そう思ったんでしょ」


「後は蓮司れんじさえ何とかなったら、思い残すこともないんだけどね」


「またそういうこと言って。まぁちゃん、私たちまだ50代なのよ? まだまだお迎えのことを考えるような年じゃないんだから」


「そうなんだけど……ごめんなさい、そうよね」


「それに私たち、まだまだやりたいこともあるんだし。覚えてる? 子育てに区切りがついたら、二人で旅行しようって言ったの」


「勿論覚えてるわよ。でもね、私の子育てはまだ終わってないから」


蓮司れんじくんのこと?」


「……」


「全く……」そう言って溜め息をついたみつ子が、頬杖をついて微笑んだ。


「まぁちゃんにとっては蓮司れんじくん、本当に特別なのね」


「子供に偏った愛情を持っちゃいけないのは分かってる。智弘だって、私にとって可愛い息子よ。でもね、それでも……どうしてなのか自分でも分からない。でも蓮司れんじのこと、放っておけないの」



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