第7話 嘘、そんなこと


「理解はしてたけどれんちゃん、本当に誰にも見えないんだね」




 今日は実家に戻る日なんだ。よかったられんちゃんもついてくるかい?

 そう聞かれたれんは、無言でうなずいたのだった。


「僕以外誰からも認識されない存在。まるでSFだね」


 自分にしか見えない存在。そんなれんと外で話をしていると、独り言を言っているようにしか見えない。

 それはかなり怪しい。そう思い、蓮司れんじはスマホを耳に当て、通話をしている風を装いれんに話しかけていた。


 しかしれん蓮司れんじの顔を見ることなく、ずっとうつむいていた。

 そんなれんに苦笑しながら、蓮司れんじは頭を掻いた。





「付き合ってないって、どういうことですか?」


 蓮司れんじから聞かされた衝撃の事実。

 この時間に来たのは、自分とれんが幸せに暮らしてる姿を見る為だった。

 付き合って、そしてキスをして。

 れんの中で、れんに対する想いは暴走寸前にまでなっていた。

 れんのことが好きすぎて、おかしくなりそうだった。

 そしてきっと、れんも自分のことを好きな筈だ。

 だから今日、キスしてくれたんだ。

 自分のことを大切にする、嫌がることは絶対にしない。

 そう言ってくれたれんが、自分からキスしてくれた。

 それはある意味、誓いのようなものだったのだろう、そう思っていた。


 私はれんくんのことが好きだ。これからもずっと一緒にいるんだ。


 そう信じて疑わなかった。

 それなのに今、二人が別れたことを告げられたのだ。


「ねえ蓮司れんじさん、本当なんですか? 私たち、10年後には付き合ってないんですか?」


 あまりのショックに、れんが涙を浮かべて訴える。


「まあ……れんちゃんからしたらそうなるよね。付き合い出したばかりなんだし」


 タオルで涙を拭きながら、れんが「嫌だよ、なんでそんなことになってるのよ」とつぶやく。


「恋愛ってね、気持ちだけじゃ続かないものなんだ。例えば今のれんちゃん、過去の僕のことが好きなんだよね。僕も好きだった。

 でもね、その『好き』がどれくらいなのかは、本人にしか分からない。そしてその度合いが同じなんてことは、決してないんだ」


「どういうことですか」


「僕が花恋かれんのこと、10好きだとしよう。でも、花恋かれんが僕を好きな度合いは8。そうすると、どうなると思う?」


「……」


「人である以上、その違いはどうしても起こる。環境も違えば考え方も違うからね。そしてそれに気付いた時、10の人は怒ってしまう。自分はこれだけ好きなのに、どうして相手はそうじゃないのかって」


「でもそれは、感覚の問題じゃないんですか? 好きって気持ちは本当だし、その感覚はお互い理解し合えば」


「それが難しいのが人間なんだ。だってみんな、個性があるんだから。考え方が違うんだから」


「そんな……じゃあ想いの度合いが違うから、二人は別れたんですか?」


「いや、今のは一つの例えとして言ったんだ。それくらい恋愛は難しいっていう意味で」


「……別れた理由、聞いてもいいですか」


「別れた理由、ね」


「私たち、子供の頃から想い合ってきました。それはれんくんも言ってくれました。

 同じ時間を過ごして、考え方や価値観も共有してきました。勿論蓮司れんじさんが言ったように、人間だから違いはあります。それでも私たちは、その違いも受け入れて一緒になることを選んだんです。そしてきっと、これからもずっと、同じ景色を見ながら生きていくんだって……そう思ってたのに」


「別れるなんて、思ってもみなかった」


「だから知りたいんです。何があったのかを」


「特にないよ」


「え……」


れんちゃんが言ったように、当時の僕も同じだった。僕が見たい景色を、花恋かれんも見てくれる。僕も花恋かれんの見てる景色を見てみたい、そう思ってた」


「だったら」


「でも現実は違ってた。そう思っていたけど、僕たちは全く違う方向を向いていたんだ」


「だからそれが知りたいんです。何がきっかけで」


れんちゃん。れんちゃんが言ってることってね、ドラマやマンガの影響があると思うんだ」


「どういうことですか」


「好き合ってる二人が別れてしまった。きっととんでもないことが起こったに違いない、そんな風に思ってるよね」


「はい、思ってます」


「物語ならそうだと思う。そうでなかったら、お客さんが納得してくれない。僕だって自分の小説で、そういうイベントの時は必死になって考えてた。

 でもね、これは物語じゃない、現実なんだ。僕たちが生きてるこの世界ってのはね、そんなにドラマチックなことばかり起こる訳じゃないんだ」


「現実はそうじゃないってことですか」


「うん。僕らはお互いに、考え方や感じ方の違う他人なんだ。幼馴染だから、普通の人に比べたらそのハードルは低いかもしれない。でもね、突き詰めて言えば、僕たちは違う個なんだ。

 人は相手を思いやる気持ち、尊重する優しさと同時に、思い通りにしたいっていうエゴも持ち合わせているんだ。初めはそれも新鮮に映る。こんな考えもあるんだ、いいなってね。でも付き合いが長くなっていく内に、少しずつそれがストレスになっていく。どうしてこうするんだ、自分に合わせてほしいって」


「……よく分かりません」


「そうだね。ごめんね、どうしても理屈っぽくなっちゃって」


蓮司れんじさんには別れた理由が分からない、そういうことですか」


「分からないとまでは言わないよ。考え方や価値観の違い、小さなすれ違いが積もり積もって、少しずつ僕らの心は離れていった。特にイベントがあった訳じゃない。いつの間にか連絡を取り合う回数も減っていって、別れる方向に向かっていったんだ」


「そんな……」


「自然消滅って言い方が、一番合ってると思う」


「嫌、嫌だよ……ずっとれんくんと一緒にいたいのに……理由がある訳でもなく、いつの間にかって……そんなのないよ……」


 れんの大きな瞳から、また涙がこぼれ落ちていく。

 そんなれんを穏やかに見つめながら、蓮司れんじは「ありがとう。それから……ごめんね」そう言って微笑むのだった。



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