第2話 頼光四天王

 ◆◆◆頼光四天王

 般若はんにゃの鬼を退治したうわさは都中にまたたく間に広まった。

 朝廷内の隠密行動であったはずだが、どこからか情報がもれ、うわさ好きの都人にとっては格好の話題である。既に”渡辺源次綱”の名を書いた“もののけ”退散たいさん御札おふだが出回り、あちこちの屋敷の門前にられている。

 検非違使けびいしの本部では、長官である源頼光と源次が詳しい報告と今後の対策について話し会っていた。

「頼光殿。まさか、あのような鬼が帝都に現れるとは……」

「この太刀たちのおかげで助かりました」

 源次は、太刀たちを目の前に置き腕を組んだ。

「襲ってきた般若の鬼は、この太刀を“鬼切の太刀”と呼んでいましたが……」

「誠に鬼を斬ることができる太刀とは」

 源頼光が、太刀たちを手に取り、やいばを確かめた。

「んんん」

「一見、良く斬れる太刀の様にしか見えんが……」

 と刃の表、裏と返し確かめる。

「我が家に所蔵する鬼を斬る事ができると伝えられる二振りの太刀」

「“髭斬”と“膝丸”と同じ様な太刀なのか?」

「ただの古い伝承でんしょうだと思っていたが……」

 源次が持つこの太刀たちは、源頼光と源次が大和の国へ野党討伐とうばつに出かけた時に立ち寄った神社に奉納ほうのうされていた太刀で、国を治めていた国主から戦勝祈願にゆずり受けた太刀である。実際にこの太刀を振るい源次たちは野党一派を討ち勝利した。

 源次の手に馴染なじんだ事もあり、縁起の良い戦利品として源次に褒美ほうびとして与えられた太刀であった。

「まさか……この太刀が“鬼切りの太刀”であったとは……」

 源頼光は太刀をさやに納めると源次の前に太刀を置いた。

「源次よ……」

「これは、天からのさずかり物じゃ」

わしらの運命、いや都の運命を変えるかも知れん太刀たちじゃ」

「これは良いぞ……碓井の兄者が旅から戻ったら話を聞いてみよう」

 と源頼光が瞳を輝かせわらべの様な顔で言う。

 そこへ雷の様な声でドカドカと廊下を踏み鳴らしながら、一人の男が入って来る。

「源次兄っ」「源次兄っ」

 男は、源次の横にドッカと座ると、大きな顔を突き出した。

 二人より一まわりは大きな体で、パンパンに張った着物から伸びるいかつい手足。盛り上がった肩に直接付いた様な顔と大きな目。赤黒く日に焼けた肌が何とも健康的だが、武者むしゃと言うよりは力士りきしに近い。肩まで伸びた髪をにしきひもで束ねている。

「源次兄っ。何故じゃ。俺を鬼退治に連れて行ってくれなかった!」

 両腕を組み、口を尖らせて、まくしたてる。

 この男、頼光四天王の一人。“坂田金時”・呼び名を“金太郎”と言う。

 源頼光らが野党討伐で相州神奈川の遠征で戦った時に、無双の剛力で活躍した村の若者である。源頼光らは、この剛力の持ち主、金太郎と意気投合し、金太郎は源頼光の配下となった。金太郎は源次の武力に感銘し兄者と呼んだ。

 他に頼光四天王と称される二人、“もののけ”に精通する放浪の武芸者・“碓井貞光”。豪族の若統領・“卜部季武”がいる。二人は今、都を離れ別任務に当たっている最中である。

 部屋に飛び込んで来た金太郎も先ほど、都に戻って来たばかりで、都中で話題になっている渡辺綱の鬼退治の噂を聞き飛んで来たのである。

「源次兄。本当か!」

「襲いかかる、“もののけ”たちをバッタバッタと斬り倒し、最後は“鬼”の親玉を退治したと!」

 瞳を輝かせる金太郎が、子供の様にはしゃぐ。

「金太郎!」

「都のうわさは、大げさじゃ。“もののけ”一匹に“般若の鬼”一匹じゃ」

「それも、般若の鬼の片腕は斬り落としたが、取り逃がしたぞ」

「ふうううう」

「やはりっ源次兄は、すげえ」

「俺も次はやるぞ!」

 子供の様にはしゃぐ金太郎を二人は、心配半分、期待半分の表情で苦笑いしながら観ていた。


 ◆◆◆使いの娘

 上空で獣の鳴き声と共に大きな鳥の羽ばたく音が聞こえた。

 にわかに屋敷の周りの警備兵たちの声が騒がしくなる。

 三人が殺気に気付き、ふと庭を見ると庭先に娘が一人立つ姿。

 顔を隠した頭巾ずきんから黒い瞳が三人をにらんでいた。

「渡辺綱はいるか?」

 その娘は、突き刺さる様な殺気を放つ低い声でたずねた。

「“もののけ”か!」

 肌で危険を感じた金太郎がさけび、うより先に庭に立つ娘に襲いかかる。

「ガランッ……ドコドコ……」

 娘は、襲いかかる金太郎の腕を逆手に取ると投げ飛ばした。

 娘の何倍もある大男の金太郎を投げ飛ばした信じられない光景に本人はおろか、源次らも驚き、目を丸くする。

「金太郎!動くな!」

 反撃しようと立ち上がった金太郎の動きを頼光が制止させる。

 頼光は、手元の弓を素早く矢をつがえ、弦を引き絞りながら娘に焦点を合わせ―――矢を放った。

「ヒュン」

 続けて二射。素早い動きで矢を放つ。

「ヒュン」「ヒュン」

 ねらい放たれた矢は、娘の胸元で音を立てて地面に落ちた。


 向かい合う四人は身動きせず辺りは静まり返る。

「ふっ面白い!」

「お前たちとは、また今度……遊んでやろう……」

「私は姐さまほど……お優しくはないぞ」

 娘の殺気を含む高揚した声が、三人の耳に聞えた。

 頼光の背筋が寒くなり背中がこわばる。

 娘は懐に入れた手紙を取り出すと頼光の足元に投げて渡した。

「渡辺綱に渡しておけ!」

 と頼光をにらむ。

「待て!」

「儂が、渡辺源次綱じゃ」

 源次が太刀に手をかけ二歩前に出る。

 娘は、源次を頭から足先までを目を細めでジロリと見た。

「ふっ……待っておるぞ……」

 振り返ると庭のへいを飛び越え姿を消した……そして大きな鳥の獣が空に舞い上がった。


 

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