第26話 ダンス部へ入部



 ミユさんのご好意に甘えて早速ダンス部に入部することにした俺たちは、アップなどを終えると体育館の踊り場の隅の方でユウキにダンスを指導していた。


 うちの高校のダンス部はミユさん率いるヒップホップの他にも様々なジャンルを教えている指導役がジャンルごとに1人居るがブレイキンは俺とユウキの2人だけだ。


「凄いよね……」


「あの2人本当にああいう関係なんだ〜」


「ビックリだよねー」


 と、周囲の先輩方の注目を集めながらの練習が非常に心をざわつかせる結果になっているが、彼女に本気で教えると決めた以上は妥協するつもりが毛頭無かったのだ。


「最後にもう一回通しでやるぞ! それじゃあ先ずはトップロックで音を取って! 過去に教えてきたインディアンステップやツーステップなども遠慮なく使ってくれ」


「うん」


 大方2人で自主練習し始めてから1時間半が経ち、今日は倒立系やチェアーなどのフリーズを重点的に教えたから今ユウキがしてるのは、今日学んだことを早速実践するためのサークルのようなものだ。といっても俺とユウキだけのサークルだがな。


 最初のうちはダンスにおける基本的な型のようなものを覚えてもらうためにユウキが取る動きに指示を出してるが、そのうちは俺の掛け声も必要無くなるだろう。


「よし次のデカいドラム音に合わせてドロップして、フットワークだ」


「(コクコク)」


 立ち踊りを続けていたユウキがやがて『ドンっ!!』と俺のスピーカーから響いたドラム音に合わせて華麗にドロップを決めてフロアムーブに順調に入っていった。


 ドロップとはトップロックから素早くフットワークに移るときに使われる動きで、ユウキは左足の膝裏に右の足首を近づけるようにして床に手をついて6歩を開始。


「良いぞ! その調子、前より足運びが綺麗になったぞ。けど3歩がまだグダグダだから、CCで仕切り直してもう2周してくれ」


 彼女にダンスを教えてまだ2週間程しか経っていないのに、もうフットワークの基礎である6歩を高水準で繰り出せている……3歩はまだ慣れが必要そうだがな。


 CCとは本名がとも言われており、にするとしたら先ずは右手を床に付けながら、右足を伸ばすと折り畳んでる左足を、斜め上に弾くようにものだ。だが一般的にはの通り名で浸透しててあまり知られてない。


 そうして俺の指示通りにユウキが下半身を前に出してCCをして再び3歩へ入っていく。……うむ、何だかキャラクターを操作してるみたいで楽しいぞこれは。RPGゲームで与えた指示通りに即座に動いてくれるからプレイヤーになった気分になる。


「よし最後にチェアーをビシッと決めるんだ」


 やがてユウキが基礎的なチェアー決めてワンムーブが終了した。今のチェアーはしっかり両手と頭を床につけた状態だったのだが、ことでシルエットをより整えたので、綺麗に決まっていた……ちゃんと意識出来てたな。


 自分のスピーカーから流れる音楽を弱くするとユウキにタオルと水筒を渡した。


「(ゴクゴク)……ぷはぁっ! 最後のチェアーどうだったニッシー!?」


「流石物覚えが早いな。今日レクチャーするときに意識すべきこと、バッチリこなせてたぞ」


「本当!? やったー!」


「ああ。まあ今のより前の2ムーブで、最後のジョーダンフリーズのつま先がまたピーンと張ってたのが唯一の難点だな。家に帰ったらサボらず倒立の練習しとけよ?」


「おけ丸ポヨっ!」


 またあの眩しい笑顔を浮かべてくれたのが可愛くて無意識に目を細めてしまう。


 そろそろダンス部の活動が終了する時間に近づいたし今日のところもここで終わりだな。今日は木曜日で本来はレッスンの日じゃないけど細かいことは気にしないで置こうか……ユウキと交互に踊るときに俺も全力を出せてたから過不足は無い。


 まあ強いて言えば俺が踊る度に変に注目されるのがむず痒かったけど。


「よし皆〜! 今日のところはもう解散だからモップ掛けといてね!」


「はい部長!!」


「私窓拭くね〜」


「ミカも鏡拭くの手伝って〜!」


 ミユ先輩の掛け声で部員たちがテキパキとモップでバスケットコートが2つ分もある踊り場を皆で駆け回ると、最後にミユさんからの挨拶が終わって体育館を出た。


「今日もニッシー凄く注目されてたよ? もうすっかり先輩たちにモテモテだね! ニャハハ〜」


「揶揄うなよ木下……」


 彼女の言う通りに俺とユウキの注目の浴びようと来たら動物園でパンダを見物するお客さんの如くだった……おかげでユウキに指示を出す度に気恥ずかしさを覚えた。


 そりゃ1年生のマドンナと評判の人間が俺のようなクラスのモブキャラ的な生徒にああしろ、こうしろと指図されたりしてるから逆に目立たないはずが無かったか。


「よっすユウキ! 前から西亀とはそういう関係だったのは知ってたけど、改めて面と向かって2人の様子を見せられたら迫力が凄かったねー。まるで幼稚園児に自転車の乗り方を教えて後ろから押してるお父さんみたいじゃんっ!」


「え、そんな風に見えてたの!?」


「おい松本さん、言い方!」 


 そうユウキに話しかけるとからから笑い始めたのは松本さんだった。


 横からハイテンションで酷い表現方法をされたせいで思わず突っ込んでしまった。


「西亀も凄かったよ? あんなにユウキに命令し続ける度胸があったなんて思わなかったねー。その上に綺麗に動けてないとやり直させるんだから、実はドSなの?」


「妙な言い掛かりは止せ。……まあ強いてどちらかで言えばSかも知れないな」


「うわ〜通りで実はユウキのこと狙ってたのねー。男って本当誰も彼も狼みたい」


「ち、違うよアイス。ただそっちの方がやりやすいからって私がお願いしたの!」


 良いぞもっと言えー! と思いながら耳を傾けて見る。確かにあの練習方法はユウキ直々の希望だったから、俺が弟子の要望に添えてやっただけで他意はない。


 まあ松本さんのことだから過去の経験でそう思いたくもなるのは分からなくもないが、健全な関係を築いてる人間関係に変な邪推を持ち込むのはやめて頂きたい。


「ふーん、あっそ? けど西亀が狼ってのは間違いないよねーユウキ?」


「ニャハハっ、やっぱりアイスもそう思うよね!? ザ・狼系男子の代表者だもん」


「……なあ、俺それ妹のルナにも言われたんだけどどういう意味なんだ?」


 すると2人はお互いを見つめてクスクス笑い始めたからワケがわからなくなった。


「内緒〜」


「そうそう、女の子の秘密だから聞かないの。……てか西亀の妹ってルナって名前なんだー?」


「ああ……まあな」


「へ〜可愛い名前だねっ! ルナちゃんは何歳なの!?」


「ああそうだろう? あいつは西亀家にとっての織姫様のような存在だからな、両親がつけた名前通りに内面も外見も美しい存在だ。俺より2個下で現在中2さ」


 ママ曰くブレイクダンスに情熱を注ぎ込んで奔走してる俺が太陽のような存在で、俺の日光を反射する形で輝くのがルナで美しい人間関係だと表現されたことがある。


 俺もルナもママにそう言われた時は言い得て妙で感動を覚えた程だったな……まあ家族全員を宇宙に例えるならばママは俺たちを包み込んでくれる銀河だと言えよう。


「ちょ、ちょっとユウキ聞いてよ……西亀のやつが超絶シスコンの病を患ってるんだけど」


「ニャハハ。きっと自己紹介のときに『あーん』し合ったりしてるし、たぶん一般常識が少しだけ掛けてるのかもね?」


「うわーめっちゃあり得そうだよねー。そんな妹の作るお弁当も好き過ぎて食べてると顔がニヤ毛ちゃうから昼休みに教室を抜け出してるんじゃないのー?」


「私もそう考えてるんだけど本人がなかなか認めてくれなくてね〜。絶対そうよね」


「……おい2人とも、本人がいる前で内緒話しても意味がないだろ」


 まあそりゃお弁当箱ご飯の上にケチャップで『お兄ちゃん大好き♡』で更にその文字を覆うようにデカデカと書かれたご飯を堪能していると頬が少し緩むだけだ。


「いや〜それは流石に隠すのに無理があるよニッシー? だって前偶然通りかかったときに、今まで見たことのないような笑顔を浮かべてたんだし」


「ぐっ……おい木下、もうそのことは忘れてくれ……」


「えっ、ユウキそれ本当!? また今度詳しく聞かせてちょ!!」


「おっけーアイスっ! また今夜通話しようね〜」


「なんで木下お前そんなどうでも良いことを覚えてるんだよ、勘弁してくれ……」


 確かあれはユウキが前回のように昼休みに告白されてたときに背景音楽を塞ぐようにして洋楽を聴きながらルナの卵焼きを頬張ってると、幸せそうな笑みを浮かべながらそれを頬張ってた場面を目撃されてしまったんだっけな。


 あのときは2人とも食堂の方角へとそのまま向かってたから、まさかユウキがそのまま外周を通る形で教室に戻るとは思わず、神様のトラップが発動してしまった。


「……へ〜西亀っていつの間にかユウキのことを呼び捨てで呼ぶようになったんだねー? いつの間に進展したのさー、ほら正直に愛ちゃんに話してみ? ウリウリ〜」


「肘で脇腹弄ってくるなよ……それに何だよ愛ちゃんって、小学生みたいなあだ名だな」


「い、いや……別に進展したわけじゃないよ、ニャハハ〜」


「西亀って身体が鍛えられてて腹筋が頑丈だろうから膝をたたき入れても平気そうだよね〜。ヒップホップダンサーの血が騒ぐ」


「ロジャーラビットはマジでやめろ、絶対!」


 これはヒップホップで両腕をほんの軽く振り上げながら足を後ろに振り下ろしてはもう片方の足を前に突き出す動きだから、連続で膝蹴りするぞって意味が伝わった。


 からから笑いやがってコンニャロ……トーマスフレアで重いスマッシュ攻撃を叩き込んで画面外にぶっ飛ばすぞ……ちなみに俺格闘ゲームでこのキャラ好きだったな。


「それで西亀ってさ……ユウキのことは呼び捨てなのにまだ私のことはさん付けで呼ぶんだね〜。あーなんかやだなー1人だけ置いてけぼりにされてるみたいでさー」


「別にそこ気にする程のことじゃないと思うけど……これは成り行きだしな」


「ニャハハ……そうなんだよね。なんて言うか、ミユお姉ちゃんと差別化させるために的な? 呼び方が変わったのはダンス部に入部することになった今日からだし」


「ふーん……まあ今はそう言うことにしておいてあげましょ」


「何様なんだよお前……」


 何で固体名称の呼び方ごときでそうも突っ掛かってくるんだろうか……。


 まあそんなに名前で呼んで欲しければいつでも個体識別の名称を変えてやるが。


「松本」


「……ん、何? 西亀」


「だから俺も今日からお前のことを松本で呼ぶって言ってんだよ。これで満足か?」


「良いね西亀! そう来なくっちゃー!」


 やっぱり何だかんだで松本のこのにかーっとした笑顔も魅力的だなって思った。


「それで話戻すけどさ、ユウキもこれから西亀との関係どうすんの? ただでさえ体験入部で目立ってたのに実際にあんな場面見せられちゃあらぬ噂が広がるかもねー」


「ニャハハ……一応ミユお姉ちゃんが口止めをお願いしてたようなんだけどね」


 俺も今日ずっとそれが気になってたな……クラスのカースト最上位キャラが学年のお姫様的なキャラに何やら指南をしてると来てやがる。恰好な話題の餌食だろう。


 少なくとも数週間は平穏の日々から程遠い学校生活を強いられることになりそうだな……まあ不幸中の幸いに俺はイケメンだから、ひょっとしたら男子からのやっかみの過激度が若干抑えられ気味になるかも知れない……と期待したいところだ。


「……ダンス部の先輩方の記憶を抹消……なんて無理に決まってるか」


「全員に薬飲ませたらあるいは?」


「少年院にブチ込まれたら本末転倒だろ!?」


 するとやがてユウキがいい案を思いついたようなのでそれを発表してくれた。


「ねえニッシー、もう諦めて私たちの仲を隠すのはもう辞めにすれば?」


「こりゃもう諦めて男になるしか無いんじゃなかねー西亀?」


「……確かにな……」


 ミユさんによる箝口令かんこうれいを持ってしてもあの先輩方の口を黙らせてくれる保証が何処にも無いしな……何より女性ってのはとにかくお喋りが大好きな生き物だ。しかも男女絡みのものだ、登校したらもう既に広まってそうだよなぁ。


「分かった、この一件はユウキに丸投げするよ」


「え〜西亀ここで今更ヘタレるのかよー」


「おけ丸ポヨっ、私に任せて!」


 ──もっとも、俺が彼女の提案を承諾したのが致命的な判断ミスだったと知るのは、後日のことだった。







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