第25話 勧誘



 やっと本気のミユさんに戻ってくれたので俺も真面目に応対する。


「ダンス部に入部ですか……理由を聞いても良いですか?」


「うん、もちろんよ。先ず1つ目、ユウキから聞いた話だとここから5分にある中央公園で練習してるそうじゃない。ブレイキンは床に接触することが多いダンスだと知識で知ってるから少しでも負担を減らすために体育館の踊り場の床の方が好ましい」


 確かにミユさんの言う通りで、ブレイキンがまだ慣れてない段階だと床は少しでも衝撃を吸収してくれる環境の方がミスをした時の怪我防止に繋がりやすい。


 例えばパワームーブのウィンドミルや普通のチェアーのフリーズをする時なんかは頭が床に接触させることがあるから、帽子を被っていて頭を守っていたとしても床が頭に優しいに越した事はないだろう……そちらの方が安心して沢山練習出来そうだ。


「そうですね」


「次に2つ目、ダンサーにとって音楽は命みたいなものだから室内の方が良いの。流石に爆音とまではいかないけど防音設備が整ってるから少々うるさくしても平気だし、ダンスの上達は普段から聞く音の質でだいぶ変わるからね」


 これも意外と見落とされがちな要素だがダンサーの上達に音楽の質が大きく関わってるのも確かな事柄だ。俺の場合も小学校高学年から本格的にブレイキンと向き合ったが高品質な音楽を流す機器に恵まれなかったから上達に結構な時間を食わされた。


 それに今俺がいつも通ってる中央公園は大きな公園とはいえ他のストリートダンサーも練習してることがあるし、普通に一般人も達から腹の奥まで響いてくる程の音楽を流し放題に出来ないのが唯一の不満点だった……木下さんも入部した方が良いか。


「たしかに」


「最後に3つ目、セシルくんが居てくれた方が部活全体のモチベがアゲアゲになるし、そっちの方が私も嬉しいのよ〜! うんうん〜ダンス部にBBOYが居るなんて最高よ、想像しただけで興奮するわ〜だからお願いだから入って頂戴っ!」


「な、なんでそうなるんですか……」


 一体何だろうな……そういえば体験入部の時もBBOYに目がない的な予感を感じたことがあったが、まさかここまでブレイクダンサーを強く求めていたとはな。


「うちには唯一足りていなかったジャンルだからよっ! それにブレイクって銃で例えるならばマグナムみたいでカッコイイじゃない! 折角の逸材を使ってあげないと宝の持ち腐れだわ。うちの部のイベントでバトルものがあるから興味無いかしら?」


 また熱弁で暴走気味なミユさんで苦笑してしまったが興味深い単語が出てきたな。


「そのバトルイベントって高校生対抗みたいな感じですか? 優勝したら個人単位で賞金貰えるならば、出ることも検討しますがそうじゃなきゃお断りしますが……」


 今でも学校生活なんかより家族の方が大事だという優先順位は変わらないからな。


「うんうん勿論貰えるよ! 2ヶ月後に控えてるイベントのソロ部門で入賞したら15万円も貰えるわ。ジャンルはフリーで強豪校からも参加者が募る予定ね」


「へー、それは魅力的ですね」


 今までずっとオールジャンルのバトルイベントを避けて来たから久々に新鮮なバトルを楽しむのも悪くなさそうだな……何より15万円の賞金が魅力的すぎるぞ。


「うんそうでしょうっ? それにチームバトルのイベントもあったりするから少なくとも退屈にはならないはずよ。ユウキの指導も並行できるし一石二鳥だねっ!」


「……けど俺は土日で開催されてるダンスバトルのイベントを基本的に優先するので、逆に周囲のモチベを下げる結果になるかもしれませんよ? それでも良いんですか?」


 例えば土日に練習や何かしらのイベントがあっても俺はすっぽかし続けることになるし、普段は部活に来てない人間が優秀だなんて部員の反感を買うと思うから俺を部内に籍を置くのはメリットばかりじゃないはずだ。


「全然構わないわよ、何よりうちの部は実力至上主義だからね。ダンスが上手ければ文句が言われることは決して無いわ」


 実力至上主義のダンス部か……なかなか厨二病を刺激してくれる良い響きだな。


 何だか気に入ったぞ、ミユ先輩もダンス部の存在も。


「そうですか……折角のチャンスを取り逃しそうで迂闊でした。入部しますよ!」


「やったー!! それじゃあ早速今日からよろしくねセシルくんっ!!」


 本当にテンション高いなミユさんは……けど折角のチャンスだし掴んでおかないとな。改めてミユさんが話しかけに来なかったら俺は損していたから感謝しないとな。


「ミユさん、改めて誘ってくれて有難う御座います。そんなわけで今から木下さんに連絡をした方が良いしょう──」


「ううん、大丈夫よメッセージを飛ばさなくても。ほらユウキ、出て来ておいで!」


 え……?


 俺の真後ろを見ながらミユさんが声を張ると人影がニュっと出てきた。




「ニャハハ〜盗み聞きするような真似してごめんねニッシー。けど話全部聞いたよ」




 出て来たのは姉の言う通りに木下さんだった……これは彼女の仕込みだろうか。


「木下さんか……なるほどな。まあこっちの方が話が早いか」


 恐らく予め打ち合わせをしてたんじゃないだろうか。


 そちらの方が俺の真意が伝わりやすいし、ついでに俺の理性が強いことも改めて伝わったんだろう……はあ、やっぱりミユさんのあの変な誘惑も何かの試練だったか。


 勝手に変な期待を持ち合わせて一か八かを狙わなくて良かったぞ俺……過去の自分を存分に褒めてあげたい。おかげで2人の信頼を守ることができたと言えるだろう。


「うん、その通りよ。ユウキが聞いた通りにセシルくんは全てを答えてくれたわ……これであなたにも決心がついたことでしょう?」


「そうだね。協力してくれて有難うね、ミユお姉ちゃんっ! えへへ〜」


「あははっ。可愛い妹のためだもの、お安い御用よ」


 そう言って優しい笑みを浮かべながら木下さんの頭を撫でるミユさんだった。


 こうして見ると俺とルナかのような仲の良い姉妹だし、そんな妹思いなミユさんのこともかなり好感と親近感が抱けるな……可愛い妹を大切にしたがる気持ちは痛い程に分かるぞ。そうだな……今日も家に帰ったらまた存分に甘やかしてやらないと。


「それじゃあ私はニッシーの入部届を取ってくるから、2人ともこの後すぐに踊り場へと来てね〜! 今日から早速ダンス部の活動に馴染んでもらうわよっ!」


「また後でねミユお姉ちゃん〜」


「ミユさん! 改めて色々と有難う御座いました!」


「うんうん! それじゃあまた後でねセシルくんも。期待してるわよ〜」


 それだけ言うとピューっと第二校舎への渡り廊下を行ってしまった。


 最後まで嵐のような存在だったな。


「木下さんもダンス部に入ることにしたようだな」


「……うん、そうだよ……」


 なんだろう、返事が普段と比べて覇気が無いが授業で疲れてるのだろうか?


「どうしたんだ? 元気が無いならまた一緒にバナナ&ミルクジュース買いに行こうか?」


「うん、私も買う〜! ってそうじゃなくてっ!」


 いきなりコロコロと喜怒哀楽を表現し始めたため足を止めてしまった。


「な、なんだよ?」


「ニッシーってお姉ちゃんの事は名前呼びなのに、何で私のことはまだ苗字呼ばわりなの?」


「……ああ、なんだ。そんなことか」


「そんなこと?」


「なんていうか、お前の姉は凄いガツガツと来るから参ってしまったと言うか、逆らえなかった……」


「へ〜、ニッシーって実は年上がタイプだったりするの?」


「いやそんなんじゃねえよ」


 クロワッサンでもあるまいしな。ただあんな感じに年上のお姉さんにわらわら迫られるのは人生で初めての経験だったせいでどう反応すれば良いのかわからなかった。


 けどさっきから木下さんがどこか微妙に不満そうな表情を浮かべてるし、そんなに自分の友達が自分の家族とだけ親しく呼び合っているのが気になってるのだろうか?


「……優希ゆうき


 思い切って今までに呼ぶことの無かった名前を呼んでみることにした。


 するとパッチリとした二重の両目が瞬いた。


 急に呼ばれるとは思ってなかったせいで不意打ちを食らったのだろうか、普段の彼女からは滅多に見られないような表情が出た。口を僅かに開けたままキョトンとしてるようだ……全く、自分から読んでくるようにお願いしておきながらこれかよ。


「そんなにビックリすることか? 普段から親友たちから呼び慣れてるだろ」


「……確かにそうかもね。ニャハハ〜」


 呆れながらもそう指摘してあげると追いかけるように笑顔を添えてくれた。


 何処か恥ずかしさを感じたような笑みに気分が掻き立てられてしまった。


「それじゃあ……颯流せしる


 今度は萎んだが確かな意思を感じさせられるような声で呼ばれたせいで、また気持ちが嫌でも昂ってしまった。


 今までは散々『ニッシー』と勝手に付けられたあだ名で呼ばれ続けてその恥ずかしさにも慣れて来た頃合いだが、俺の純粋な名前呼びには途轍もない衝撃が広がった。


 何だこの気分は……あだ名呼びをされたときの比じゃないくらいに恥ずかしさやもどかしさを覚えてしまってるせいで、非常に居た堪れない気持ちになってきた。


「や、やっぱりまだニッシー呼びでしばらく続けよっかな……」


「俺の方からも頼むよ……これは恥ずかし過ぎる」


 何故だろうか……純粋な名前で呼ばれるのが何故か猛烈に気恥ずかしく感じてしまう。


「で、でもさあ……」


「なんだ?」


 すると先程まで逸らしていた目線を合わせて来たので俺の方からも頑張って目線を維持する。


「名前呼びは、こうして2人きりだけのときにしようね?」


「……そうか、分かった。ユウキ……はうっかり人前で漏らしたりするなよ?」


「っ……分かってるよ。これはニ……セシルと2人だけの秘密、だもんね〜」


 照れ臭くなりながらも微笑み返した来たのが眩しくてもはや直視出来なくなった。


「そうだな」


 平静を装ってそっぽを向きながら呟いてみたけど如何せん恥ずかしいせいで、木し──じゃなくてユウキの顔がしばらく見られそうにないや……けどこのまま廊下で2人突っ立ったまま過ごす方が心臓に悪いからさっさと移動し始めるか。


「それじゃあミユさんが待ってることだし、早く部活に行こうか木下」


「うん! 高校に入って以来の初めての部活、楽しみだね! ニャハハ〜」


 どうやら普段の呼び方を呼び捨てに変えても嫌な反応をされなかったので、これからも公の場では木下で統一して行くか。


 そのまま俺たちは普段通りに談笑でもしながら体育館を目指した。

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