第21話 魔聖

「先生、本当にやるの?」

「そりゃやるよ。じゃなきゃ訓練にならない」


 僕とルナちゃんは今日、城内にある第二訓練場にやって来ていた。


 魔法学校の訓練場の何倍もの広さを誇るこの広大な空間。

 ここでは日々、騎士や衛兵、魔術師達が懸命に努力している。


 今も僕達の視線の先には、国お抱えのエリート魔法使い集団である<魔術師団>が鍛錬を行っていた。


「たのもぉー!!」

「た、たのもー!」


 そこへ向かいながら大声をあげる僕とルナちゃん。

 道場破りなのだから、やはり第一声はこれじゃないと。……ここは道場では無いけれど。


「んー? 一体誰が――ひっ!」「おい、魔聖ませいだ! 魔聖が来たぞ!」「誰か団長と副団長呼んで来なさい!」「うぅ、また弟子を連れて来てる……」「絶対あの子も怪物級に強いに決まってるわ……」「またボコボコにされるよぅ」「おお神よ。わたしたちを見捨てたのですか」


 <魔術師団>の団員の男女比は、魔法学校の男女比そのままである。

 その比率。実に一対九。


 ほとんどが女で構成されているため、男はとても肩身が狭い。

 今も僕が来たことを副団長と団長に告げるため、男性魔術師が二人使いっぱしりににさせられていた。


「いやぁ、いつ来てもここは賑やかだな」

「……本当に? 皆先生を見て騒ぎ始めた気がするんだけど……」

「そう? いつもこんな感じだよ?」

「てかあたしまで何故か恐れられてるんだけど。先生本当にここで何をしでかしたの?」

「特に何も? 今日みたいに、たまに教え子を連れてくるだけだよ」


 僕らが来たことで、訓練は中断。

 何人かの魔術師達が頭を抱えたり、「ボコボコにされるのは嫌だ。ボコボコにされるのは嫌だ」と生まれたての小鹿のように震えているが、まぁこれもいつも通りだ。

 今日も<魔術師団>の団員達には、我が教え子の糧となってもらおう。


 そうして、団長と副団長がやって来るのを待っていると、ようやくお目当ての人物の片割れがやって来た。


 全力疾走でこちらに向かってくるあの黒髪セミロングの子は、僕の一個下の後輩で教え子のノノ。

 去年の三月に魔法学校を首席で卒業し、みるみるうちに副団長にスピード出世してしまった子でもある。 


「せ~ん~せ~~い~! 会~い~た~かったで~す!!」


 ノノはそう叫びながら、僕に勢いよく抱き着いて来る。

 僕はそれを受け止めながら、ノノの身体の感触を全力で味わう。

 うんうん、相変わらず胸は無いけど柔らかくて最高だ。


「ちょっと先生! 何抱き着かれてニヤついてるの!」


 するとルナが僕と、そして僕に抱き着いて頭をごしごし擦り付けているノノをギロリと睨み付ける。


「はは、この子は抱き着き癖があってね。会うといつもこうなんだ」

「私がこんな事をするのは、先生だけで~す」


 それは嬉しい事を言ってくれるな。


 今では僕よりもその地位が高くなってしまったノノだが、こうして未だに僕を敬ってくれる所に義理堅さが伺える。


 その調子で僕にパンツを見せてくれたらもっと嬉しいのだが。


「先生の浮気者ー! あたしのパンツを見たいって言ってた癖に、他の女にデレデレするなぁ!」

「え? もしかして見せてくれるの?」

「んな訳あるかぁッ! 浮気性な先生には一生見せませんー!」


 一生!?

 それは酷い、酷過ぎる。

 ルナちゃんのパンツが見れないなら、一体僕はこの先何を目標に生きていけばいいんだ……。


「そ、そこまで落ち込まなくてもいいじゃん……。たかがパンツくらいで……」


 たかがパンツ。されどパンツ。

 時は金なりと言うように、パンツは神なり。

 パンツはそこに確かにあるというだけで、目には見えずとも男に夢と希望を与えるものなのだ。


 そんな風にどこか拗ねた様子のルナちゃんの発言に途轍もないショックを受けていると、ノノは僕への抱き着きを解除しトコトコとルナちゃんの元へ行く。

 そして二人で何やら内緒話を始めた。


「(その反応。あなたが新しい後輩ちゃんですね? うんうん、分かります。先生は私だけの先生だ。そう言いたいんですよね?)」

「(なっ!? べ、別にそんなこと思って無いし……)」

「(安心してください。私はあなたの先輩であり同志です。どうです? 昔の先生の事とか色々知りたくありませんか?)」

「(…………知りたい……)」

「(そうだと思いました。実は先生の教え子が集う同窓会があるのですが、あなたにも是非そこに参加してもらいたいのです。参加費は無料! 過去の先生の話がたーっくさん聞けますよ?)」

「(…………参加する……!)」

「(賢明な判断です。是非一緒にあの憎き自称幼馴染と自称親友を打倒しましょう!)」


 お互いに耳元でこそこそと話し合っていた二人は急に頷き合い、固く握手を交わす。


「私はノノ。よろしくです、後輩!」

「あたしはルナ。よろしく、先輩!」


 ……一体あの短時間に何を話したら、こんな戦友を見るような目をお互いに向け合えるんだよ。


 君達初対面だよね?

 ルナちゃんに至ってはさっきまでノノを凄い形相で睨み付けてたよね?


 やはり女の子のコミュ力というのは凄まじい。



~~~~~~



「久しぶりだね、魔聖の坊や。また新しい教え子を連れて来たのかい? 次から次へとよくもまぁそんなに育てられるもんだねぇ」


 しばらく僕、ノノ、ルナちゃんの三人で楽しく会話していたら、ようやく<魔術師団>の団長がやって来た。


 団長は五十代半ばの女性。

 身長が高く、ピンと伸ばした背筋とキリッとした目付きはその厳格な性格の現れだ。


 若い頃はその美貌で大層モテたと本人がよく言うが、それが本当か嘘なのか僕には分からない。

 ただ美しさの片鱗というものは、今でもそのしわだらけの表情から何となく察せられる。


 名前はヘカトリア。

 どこぞの貴族出身で、昔あげた功績により自身も男爵という爵位を貰っていたはずだ。


「魔聖? 誰が?」


 ヘカトリア団長が言った"魔聖"という言葉にルナちゃんが反応する。

 キョロキョロと団長が視線を向けていた先を見回し、魔聖なる人物を探す。


「はぁ、先生。まーた言ってなかったんですね?」

「坊やはもうちょっと自己顕示欲というものを持った方が良いねぇ」


 魔術師団の団長と副団長が二人して僕にやれやれといった顔を向けてくる。

 僕はそれを受け少し苦笑い。


「教えるのに肩書きは必要ありませんからね」


 魔聖。それは帝国における最強の魔法使いに送られる称号。


 戦場でこの名を聞けば、敵国は震え上がり、自国の戦意は向上する。

 地を割り、海を切り裂き、雲を散らす。

 そんな超常的な存在であると言うのが、帝国が語る魔聖であった。


 まぁ僕はそんな危険人物では当然ないんだけどね?

 どこの国でもプロパガンダは行われるように、魔聖も過剰に語る事で一種の抑止力としている節がある。


「……へ? もしかして……先生が……?」


 ヘカトリア団長とノノの言葉と表情から、何となく察したのだろう。

 ルナちゃんは、愕然としながら僕に問い掛ける。


「うん、魔聖」


 僕は自分を指差しながらにっこりと告げた。



「えええええええええーーーー!?」



 そこまで驚かなくても良いのに。

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