第20話 Dragon Egg

「本当にあの村に、手を貸す価値はあったんですか?」


 少しづつ離れて行く赤レンガの街並みを振り返りながら、ラクダにまたがったイリジスが言った。


「村長はじめ村人達は、キャラバンの守護竜であるミアーナ様を道具として利用しようとした……。こちらとしてはそれなりの制裁を与えても許される様な事態だったのを、長老様は分かっていながらあっさりと引き上げられた」


 側でラクダに乗っている長老を振り返りながら、釈然としない事態を心の中で整理するように淡々と言うイリジス。長老は穏やかに微笑みながら聞いている。


「では聞くが、お主はあの村長たちに制裁を与えようと思ったのかな?」


 ちらりと長老の顔を伺うイリジス。

 相変わらず長老は何を考えているのか読み通せない微笑を浮かべたままだ。


「思いませんね。村長は勘違いだったにしても、結構苦しんだみたいだし。なかなかの男気を見せてくれたヤツもいたし。私にとって不快な事は、取り敢えずはありませんからね。結果オーライなんじゃないですかね」


 村長は自らの策がもたらした苦悩に苛まれ、パミは少しの勇気を見せて自分達を護ろうとした。イリジスの中では結果的に帳尻が合っているのだ。けれどイリジスが言っているのはそんな事ではない。


「しかし、ミアーナ様はさぞご気分を害されたのではないか?」


 側にラクダを寄せて来たグニルが言う。イリジスが考えたのも、そう云う事だった。

 当の本人達は何とも思っていなくても、ミアーナを守り神だと崇めるキャラバンの人間達の心中は穏やかではないのではないか?

 しかし、長老はそれをあっさりと否定するかのように、ふぉっふぉっ……と軽やかに笑った。


「嫌な思いをしたと言うなら、イリジスやシェラハとて同じじゃろう。グニルよ、お主心を砕く相手が違うのではないかのう?」


 長老はたしなめる口調ではなかったが、グニルはみるみる真っ赤になっていった。

 その姿を見たアンズが笑いを噛み殺している。


「それにミアーナ様には特別扱いも必要ない。あのお方もなまじ本性が強大な力を持つ一族であるから、人である自らと比較し、敬う気持ちも分かる。恐れる気持ちも然りじゃ。じゃが、ミアーナ様はお主の娘と同じくまだまだ人の心の理を知ってゆかねばならん成長段階にある。強大な力を持つ故に、今後も幾度となく利用されることや、迫害を受ける事もあって当然じゃろう。そんな時、一つの存在としてどんな生き方を選び取るのか、自ら考えなければならなくなる。その為に、今はただ経験が必要じゃ」


 長老は、ミアーナやシェラハ達の成長の為に敢えて今回の出来事に関わったと言う事だ。

 その言葉を、グニルだけでなくキャラバン全員に伝える様に、はっきりとした口調で、ゆっくりと語る。


「幸いにして、ミアーナ様の側には何時如何なる時も、ミアーナ様を崇めず、恐れず、同等の同士として扱う心強い友がいる様でもあるしのぉ」


 そう言われてグニルは、はたと気付いた様だった。


「そ・そう言えばあの馬鹿……シェラハは何処に行ったんだ!?」


 恥ずかしさを誤魔化す為にオロオロと視線を彷徨わせていたグニルが、水を得た魚の様に、実に生き生きとがなり声を上げた。

 一方イリジスは、シェラハが戻ってからのグニルの特大雷を想像して、同情の溜息をひっそりとついたのだった。







「色々あったけど、景色だけは最高よね」


 宙に足をバタつかせ、シェラハが満足そうな笑みを浮かべて眼下を見下ろしている。


 今シェラハが腰を下ろしているのは、村の背後に聳え立つ岩山の頂上だ。ほぼ垂直に切り立った崖の頂上は平らになっており、崖側へ足を下ろして座る事が出来る。座り心地が良いとは言えないが、眼下の景色を望むには最高のポイントだ。村を立つ前に砂漠では滅多に見られない青々とした木々や草花の緑を目に焼き付けておきたくて、ミアーナと一緒にこっそりとやって来たのだが、美しい緑の村から大分離れた砂漠にはゆっくりとした足取りで彼方へと進んでゆく自分達のキャラバンの姿も見えている。あまり長居は出来ない。


『 また グニルが 怒るな 』


 笑いを含んだ声音で側のミアーナが言う。


「良いわよ。この景色にはそれだけの価値があるもの」


 落日の朱を浴びた砂漠に、一層色を濃くした木々の緑が映えている。この景色はもうすぐ夜闇の藍色に塗りつぶされる。その前に、この村を立ってしまう前にもう一度、この見事な緑を見ておきたかったのだ。明日からはまた、木々もまばらな小さなオアシスを辿る旅が始まる。


『 心配 かけるのは よくないぞ 』


 溜息でもつきそうな、呆れた様なミアーナの口調に、シェラハが顔をしかめる。


「ミアーナこそっ。心配したのはこっちの方よ。何でもなかったから良かったようなものの」


 今度はミアーナの方が、うんざりした様に顔をしかめる。あの村人VSキャラバンの騒動が終わってすぐに、ミアーナはシェラハに傷が癒えたばかりで砂嵐を起こす様な無理をするなんてけしからんと、さんざん文句を言われたのだ。


 ……ふと、2人は何かに気付いて辺りを見回した。


 かすかに聞こえる声。

 そしてすぐに2人は声の主を見付け出した。

 地表程遠くは無いが、それでもこの岩山の半分ほどの高さの位置にある、赤レンガの大塔の3階、岩山側の窓からパミが顔を出している。


「良かった!まだいたんだね」


 パミは頬をかすかに高揚させて、満面の笑みを向けて来る。シェラハ達は、塔に最も近い場所まで岩山の頂上を移動した。


「もう行くけどね」


 すっかり遠くなってしまったキャラバンを仰ぎ見ながら言うシェラハに、パミは少し寂しげな表情を向ける。


「オアシスのゴタゴタの後、あんまり話す事も出来なくって、気になってたんだ」


「皆無事だし。はかりごとは上手く片付いたし、目出度めでたし目出度しじゃない」


 八つ当たりになるかもしれないが、この位言わせてもらっても良いだろう……と思ったシェラハだったが、たちまち傷ついた表情になったパミを見てばつが悪そうにミアーナへ視線を移す。ミアーナは知らん振りを決め込んでいる様だ。内心、薄情者……と呟きながら、再びパミへと視線を戻すシェラハ。


「僕らの事は……謝るよ。ごめんね。誰も怪我させたくなかったから。ミアーナの怪我の事は……人じゃないからって、最初は軽くかんがえていたんだ」


 肩をすくめながら、おずおずとミアーナを見上げるパミ。ミアーナは何も言わず、じっとパミを見詰めている。


「けど本当にごめんね。ミアーナ。シェラハ」


 大きく息を吸い込んで言ったパミ。


「おじいちゃんたちは村の人達全員の事を第一に考えなきゃ駄目だもん。だから僕にしか言えないんだけど、……‥本当に、ありがとうね」


 黙って聞いていたシェラハが、にっこりと微笑む。


「パミも良く頑張ったね」


 ミアーナは何も言わなかった。ただ、ほんの少し口元をほころばせたのを、側にいるシェラハは見逃さなかった。


『 行くぞ 』


 無感動に言ったミアーナは、照れているらしい。


「素直じゃないんだから」


 からかってみると、仏頂面がぐるんと振り返る。


『 グニルの お小言が 待っているからな 』


 シェラハは口をパクパクさせて、何か言おうとしているが、真実を突かれただけに何も言い返せない。しばらく目を白黒させて、やっとの事でひとこと言えた。


「ほんっと!素直じゃないんだから!!」




 岩山の頂上に来た時と同じ様に、ミアーナがシェラハを背に乗せて大空に舞い上がる。

 そして黄金に輝く砂漠へと、また旅立ってゆく。

 広大な、深遠な砂漠に、小さな2人の影が飲み込まれてゆく。


 眩しそうにそれを見送っていたパミは、大きく息を吸い、塔の中へと振り返る。

 いつもと変わらない光景。

 けれど何かが違っている様な気がする。説明は出来ないけれど。



 少しづつ成長してゆく。


 やがて大きくなるために。

 皆が秘めた可能性を育てる為に。


 全ての生き物。

 大きな力を秘めたもの。


 Dragon Egg




 [完]

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Dragon Egg ―キャラバンの娘は飛竜とともに黄金の大地を駆け巡る― 弥生ちえ @YayoiChie

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