第13話 長老、動く
アンダンタルは盗賊団の中で一番最後まで塔に残っていた。
赤レンガの大塔の大扉前から首領はじめ黒装束全員が街並みに消えるのを見届けてからこの場を離れるつもりでいたのだ。
全員が首尾よく街並みに消えるのを見届け、さあ自分も出発しよう……そう思った時、今まで何の気配も無かった側の木立から、真っ白な胸まで届く髭に、橙色のターバン、ローブ、そして幾重にも巻きつけられた首飾りを付けた小柄な老人が現れた。
「ぬし等がこの村を脅かすと云う輩か?」
しゃらん……と、老人の動きに合わせて重ねられた首飾りが軽やかな音を立てる。
「あんたは、例のキャラバンの……」
アンダンタルには大方の予想はついたらしい。苦々しげな表情で老人の背後の林を見遣る。思った通りそこには色とりどりのローブを纏った一群が静かに控えている。良く知っている街並みだが、こんなに側に大勢が控えているのでは逃げる事も出来なさそうだ。
「村長に会わせてくれんかの?無論あんたも立会いの上でじゃ」
「仕方が無いな」
こうなった以上、下手にあがいても仕方が無い。それに見たところキャラバンは今、長老をはじめ女子供にいたるまでがこの場にいる。自分ひとりが大人しく拘束されれば仲間が逃げ切れる確率は増すはずだ。計画を練った1人として、そのくらいの責任は担わねばならないだろう。アンダンタルは腹をくくった。
長老はその様子を見て目を細め、さらにこんな事を言い出した。
「ワシの娘を1人供にして行きたいのだが構わんかな?」
てっきり屈強の男にでも拘束されての同行だと思っていたアンダンタルは目を剥いた。これは自分を信じての事なのか、それとも侮辱されているのか?何か言おうと口を開きかけたが、さっさと進み出てきた女、アンズが鋭い目の一瞥でこれを黙らせる。
「では、行きますかな」
長老が先を促した。
ホールでは、異民族を伴なって戻って来た黒装束のアンダンタルを見た婦人が、これはどう云う事なのかと目を白黒させていた。この時には既に村長は扉の中から出てきていた。祭壇の部屋の扉の前ににこやかに立っている。先程まで悲観にくれて引きこもっていたとは思えない程の堂々振りだ。
「キャラバンの方!あなた方のお陰で盗賊たちは逃げ出したようです!」
ぽっちゃりした顔に満面の笑みを浮かべた村長は親しい友人を迎える時の様に両手を開いてみせる。対して長老も、にこやかな笑みを浮かべている。
「それはなによりですな。ところでご子息はどうなされましたかな?」
一瞬、微かに村長の表情が曇る。が、すぐにその翳りは満面の笑みでかき消される。
「異な事を申されますな?つい先刻みなさんのもとへお礼に伺う為に、あなた方のお仲間お二人に伴なわれて出立したところですが……お会いになりませんでしたかな?」
アンズが眉根を寄せる。アンダンタルも同様だ。黒装束達が逃げ出すのと同時に現れたキャラバンが、事態を見届けて出立した3人に遭遇しないはずが無い。それにアンダンタルはずっとこの場所にいたが3人の姿は全く目にしていないのだ。
しかし長老は笑みを浮かべたままで受け流す。
「ではどこかで行き違いになったのかもしれませんな。すぐに後を追う事にしましょう」
しゃらん……と首飾りを鳴らして、優雅な仕草で踵を返す長老。
あまりにあっさりとした様子に面食らったのは、アンズとアンダンタルだけではない。目茶苦茶な言い訳をしていた村長も同様だ。
「行きますよ、アンズ。ちゃんと、その男を連れて来て下さいね」
「あ・はい」
唖然としていたアンズだったが、長老の呼びかけで素早く側のアンダンタルの両腕を後ろ手に捻じり上げると、塔の出入り口に進むよう促した。一瞬アンダンタルは村長を振り返ったが、すぐに素直に歩き出した。一番長い時間面食らっていたのは村長だった。3人が塔の外へ歩き出すと、ようやく事態が飲み込めたらしい。慌てて3人に追いすがる。
「待ってくれ!その男は置いていってくれ!!この村で、何とかする!この村で起きた事だ、この村で
先程までののんびりした様子が嘘の様である。
「けど女の人や子供、お年寄りだけで、こんな盗賊をどうにか出来るのかしら?私達に任せておいてくれた方が良いんじゃないの」
捻じりあげたアンダンタルの腕を押さえる手に、更に力を込めながらアンズが言う。
「いや……、盗賊が逃げたとなると必ず村の男達が帰ってくる!何とかなる!」
「逃げただけでしょう?人質を放棄したかどうかなんて分かんないじゃない」
呆れ顔のアンズ。
「それなら心配無用じゃよ」
それまで黙っていた長老が、柔らかな笑顔を浮かべながら言う。
「塔に入る前に、グニルとその下の者を何人か行かせてやった。オアシスへな。上手く行けば盗賊達がオアシスに戻るのと同じ頃に、辿り着く事ができるじゃろ。人質を連れたまま逃亡などさせんよ」
アンダンタルと村長、そして婦人が表情を曇らせた。
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