第12話 逃走する黒ずくめの男達

 荒々しい音を立てて、年代を経た一枚木で作られた塔の大扉が開かれ、何人もの足音がそれに続く。


 ここは村の最深部。赤レンガの大塔。


 つい先刻まで異常な揺れに襲われていたこの塔も今では静寂を取り戻しているが、依然村長はこの塔の奥深く、祭壇のある部屋へ閉じこもったまま出て来ようとはしない。塔の見張りを言い渡されて扉の外へ残された婦人は、塔の中外を出入りしていたが、つい先刻村長の叫び声を耳にして慌てて扉の側までやってきていた。しかし婦人の呼びかけに、村長は何の反応も返さず、不安を感じて扉に(文字通り)張り付いていた。そんな時に大勢の黒ずくめ集団が足音も荒く塔内に入り込んで来たのだ。


「駄目です!今はお入りになる事は出来ません!!」


 婦人の叫び声が塔のホールに響き渡る。先頭をきって歩いてきたのはかしら。しかし奥へ進んだ所で先頭が入れ替わり、神殿の部屋への扉を引いたのは参謀のアンダンタルだった。


 ガンッ……


 金属質の物が当たる音と、扉を引いた手に伝わった何かが引っかかって当たった様な衝撃。確かこの扉には内側からかけられるカンヌキが付いていたはずだ。


「村長!俺だ!中で何をやってる!どうなってるんだ!!」


 扉を開けるのはあっさりと諦めてしまったらしい。中の村長に向かって大声で話し掛ける。すると今まで物音一つしなかった扉の向こうから、微かに何かが動く気配が伝わって来た。


「お前か……」


 村長の口調は、弱々しげなものだった。扉のすぐ側で話しているらしい。途切れ途切れに息を吸う音までがはっきり聞こえる。


「もう少し、一人にしてくれないか?」


「何を言ってるんだ!何がどうなっている!?オアシスの水が減ったんだぞ!」


 アンダンタルが苛ついた様に怒鳴る。婦人や他の黒ずくめたちは不安気な面持ちで事の成り行きを見ている。


「そう……それはわかっておる……」


「村長が何かしたのか!?」


「何か……?いや、何もしないはずだった。だが起こってしまった……」


 ガツン!とアンダンタルが両手を扉に叩きつける。


「はっきり言ってくれ!やったんだな!?……時間が無い!!キャラバンがすぐそこまで来てるんだぞ!」」


 アンダンタルの荒々しい口調に気圧されたのか、村長が息を呑む気配が伝わってくる。けれど言葉は返ってこない。だんまりを決め込んだらしい村長の態度に、アンダンタルの表情がさらに険しくなる。


「パミディアンがキャラバンに接触したのは知っているんだぞ!何を隠しているんだ!!」


「大変です!!キャラバンが村へ到着しました!」


 どたどたと云う慌しい足音と共に、村のはずれへ偵察に行っていた黒ずくめの1人が駆け戻ってきた。余程急いで駆けて来たらしく、ぜいぜいと息を切らしている。しかし息も絶え絶えながら神殿の扉の前までやってくると更に言葉を続ける。


「キャラバンは例の、村が接触を計った一行の様です!」


 扉の内と外が同時に息を呑む。盗賊団の面々と村長だ。

 孫を失った衝撃から立ち直れていない村長ではあったが、いつまでも悲しみにくれて閉じ篭っている訳にはいかなかくなった。この予期しなかった事態で失われた命は一つでは無い、同行していたキャラバンの2人の命も同様に失われているはずだ。そのキャラバンがやって来た。おそらくは仲間の首尾を確認しに、仲間の身柄を引き取りに。村を護る為、何とか穏便に事が運ぶように知恵を絞らなければならない。

 だが、盗賊団たちはそんなことには気付いていない。村が助けを求めたキャラバンの本隊が、自分達を排除する為に村へやって来てしまった。遭遇すれば交戦状態になるだろうと考えた。


「村長!奴等がすぐそこまで来ているんだ、もう悠長な真似をしている暇はない!!俺たちは奴等と戦って無駄に血を流す気は無いからな!」


 言うが早いか、アンダンタルはくるりと振り返って黒ずくめの一群を見渡す。30人程度の黒ずくめの盗賊団は、今や全員がこの塔の中に集結している。どの面々も間近に迫った交戦への予感に緊張した様子だ。まともな戦闘などする気は最初から無かったのだから当然だ。


「皆!聞いての通りオアシスの異変は村長が絡んでの事だった。危惧する必要は無い!だが例の奴等がすぐ側までやって来ている!まともにやり合う訳にはいかん!全員迅速に一旦この村から離れ、黒装束を解いてオアシスへ集まる事にする!急げ!!」


 男達の行動は早かった。一群には固まらずにてんでバラバラに村の中へ散っていった。余所者には難解なこの入り組んだ村では、地形さえ把握していれば最も効果的な逃げ方だろう。


 最後まで残っていたアンダンタルは、塔から全員が街へ消えるのを見届け、自身も出発しよう……そう思った時、想像するよりも早く表れた人影に思わず息をのんだ。

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