第11話 洞窟に響く呼子がもたらしたもの

 話は少しばかり前に遡る。


「お兄さん達に、洗いざらい、話してくれないかな?」


 そんなどすの利いた言葉と、意地の悪い飛び切りの笑顔のイリジスに迫られたパミは、最初はその場から逃げ出そうとして視線を左右へ彷徨わせたが、身体全体でパミの行動を遮っているイリジスからは逃げられないと悟ったのか、のろのろとではあったが口を開いた。


「あなた達……キャラバンの方達にはやって欲しくないんです」


 意外な言葉に目をむくシェラハ。


「なんでよ。助けて欲しいって最初に言ってきたのはパミのほうでしょ?」


「言ったのは、……そうです。けど、……そうじゃないんです……」


 所々苦しそうに息を吸いながら、消え入りそうな声で言うパミ。


「どう云う事だ?ソレハ?」


 思いっきり眉間にしわを寄せて言うイリジスの両腕の間で、小さくなっているパミが更に身をすくめる。その様子を見てシェラハは小さく溜息をつく。


「イリジス」


「ん?」


「それじゃ話せないって」


 言いながらシェラハはイリジスの腕の間からパミを引っ張り出した。


「ね、こわ~いお兄さんは黙らせとくから、あたしに話してくれないかな」


「それじゃ俺とかわんないって……」


 呆れ顔でイリジスが言うが、パミにはこちらの方が少しはましだった様だ。ゆっくりと考えながらパミが話し出す。


「普通、一刻を争う大変な時に、その問題を解決する良い手段があるけれど、どうしても人の手では時間がかかってしまって、けど人よりももっと力のある存在がすぐ側にあるとしたら……どうしますか?」


 謎解きの様にも聞えるが、これは……シェラハはあからさまに険悪な表情になる。


「ミアーナの事しってたの?」


「ミアーナ様にやらせようとしてたのか!?」


 ぎゅっと唇をかみながら、微かに頷くパミ。


「普通はそうすると思ったんです。……シェラハさんとイリジスさんが危険でしょ!?」


 憤った様に言われて、受けた方の反応は2様だった。イリジスは呆れたように軽く溜息をついた。


「ミアーナ様は俺たちの守護竜だからな、こっちの都合で使うモノじゃないんだ。根本的に間違ってるぞ、お前等。誰がそんな事言い出したんだ?……ったく」


 一方シェラハは怒気、いやライバル心を顕わに、何故かイリジスに食って掛かる。


「守護だかなんだか、そんなのは関係ないでしょ!気に入らないわ!大体自分たちで何もせずに力を借りようなんておかしいのよ!頼りっぱなしでどうするのよ!あたし達だけで出来る事だってあるでしょ!?」


「分かったから。こんな狭いところで叫ばないでくれない?クワンクワン響いて耳が痛いって」


 どうどうとシェラハをなだめながら、さて、とパミの方へ向き直るイリジス。パミはシェラハの剣幕が思わぬところに現れた事で唖然としていたので意表をつかれる形となった。


「パミは何で付いて来た?」


「え?え・あの。見届けるためです。村の為に。穴を、あの竜に任せるのを……。お二人を連れ帰るのと……」


 身構えていなかった分言葉が出てくる様だ。


「でも今ここにミアーナはいないぞ。ミアーナ様に壁を破らせるつもりだったんなら最初からここまで一緒に連れて来る様に仕向けなきゃいけなかったんじゃないのか?」


「一緒にココに?」


 ぽかんとして繰り返すパミ。思いもしなかった事の様だ。が、もう一度口の中で同じ台詞を繰り返すと、見る見る顔色が赤く高揚してゆく。


「だ・ダメです!!僕達がいるときに破ったら危ないじゃないですか!しんじゃいますよ!!」


 これこそ思いもかけなかった言葉だ。今からこの岩盤を一つ破って盗賊の本拠地に乗り込もうと云う計画だったはずなのに、壁を破るのは危ないとはどう云う事なのか合点がいかない。そして、それとは別の感情を覚えた人間がひとり。


「ミアーナひとりに、何だか分かんないけど、そんな危ない事をやらせようとするなんてどう云う事よ!何よそれ!!」


 言うが早いかローブの首元から風変わりなペンダントトップ、鎖につながれた白い小さな鉤状の物体を引っ張り出して口にくわえたシェラハ。

 白い物体は乳白色をしており、人差し指ほどの長さで曲がった円錐形をしている。何かの角のミニチュアの様なそれの細く窄まった部分を口にしたままシェラハは動かない。


「なにを……してるんですか?」


 パミが恐る恐る側のイリジスに尋ねる。が、すかさず答えたのはシェラハだった。


「今この呼子よぶこでミアーナを呼んだから、本人を入れて話しましょ」


「え?」


 ポカンとするパミに、苦笑したイリジスが補足する。


「今シェラハはミアーナ様にだけ聞える合図を送っていたんだよ。じきにミアーナ様が……」


 ず……ずずずず……


 鈍く低い音と微かな振動が上方から伝わる。天井からピシピシと音をたてて小さな岩の破片が落ちてくる。


 ごごごごご……


 大きくなる音と、ぱらぱらと降って来る岩の破片。一際大きな音が辺り一帯に響く。


 がががががががぁぁぁぁん!!!


 ……と、ふいに大きな音が止み、ピシピシという小さな岩盤の砕ける音だけが聞こえる様になった。辺りは濛々と土埃が舞い上がっているのだろう、息を吸うと喉がイガイガするし、目もチクチクする。松明の明かりに照らし出されるのは土気色の煙だけだ。パミは松明を持っていない方の腕で口元を庇いながら2人を探した。


「シェラハさーん!!イリジスさーん!!大丈夫ですか!?」


「こっちよ!パミ。イリジスもいる!」


 すかさず帰ってきた声に安堵を覚えながら、声のした方へふらふらと向かって行く。松明で照らしていても煙しか見えないのだから足元はおぼつかない。

 ……と、なにかにつんのめって前へ倒れ込みそうになる。

 思わず松明を持っていない方の手を突っ張る様に差し出すと、少し身体が傾いた所で何かに手が着いた。


「……とと」


 何とか転ばずに済んだ様だ。ほっとしながら着いた方の手に目をやってパミは絶句した。

 岩肌じゃない。

 背筋がぞっと寒くなり、手が硬直したように、そこから離したくても離せなくなる。

 イリジスの言葉を思い出した。確か『じきにミアーナ様が……。』と。

 徐々に土埃がおさまって来たらしい。見たくも無いのに、今手を着いているものがはっきりと見えてくる。

 岩肌だと思ったそれには大きな鱗があった。静かに脈打っている。


『 いつまで そうしてる? 』


 頭のずっと上から響く低い低い、聞き忘れようの無い、人間以外の声。


「きゃ……」


 我に返って叫ぼうとした時、異様な気配に思わず目を向けた先は、あの最後の岩盤だった。ミアーナはこの洞穴へ山を貫通して飛び込んで来たらしい。岩盤よりも少し離れたあたりの天井に割れ目が出来ている。象ほどの大きさのあるミアーナが通れたとは思えないほど小さな穴だったが、人一人くらいは通れそうな穴だ。先程はこんな穴など無かったから、この穴はミアーナが開けたと考えていいだろう。その穴同様、さっきまで無かった亀裂が天井に伸びている。亀裂はミアーナの穴を発端に四方へ走っているがその一つが真っ直ぐに……‥最後の岩盤へ伸びていたのだ。

 悲鳴を飲み込んでパミは目を剥いた。

 岩盤へ伸びた亀裂がスローモーションの様に大きく口を開いてゆく。


「あぁ!!」


 絶望的なパミの呻きと同時に、粉砕した岩盤と巨大なカタマリと化した水が押し寄せた。

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