第10話 オアシスの異変

「ほほぅ、仲良くやっておる様じゃの」


 静かに砂漠に歩を進めるキャラバンの長老がつぶやいたのはほんの微かな声でしかなかった。けれど、周囲にいる者達にその声は絶大な効果をもたらした。


「まさかミアーナ様が行かれたのですか!?」


 瞬時に顔色を変えたのはグニルだ。


「まぁ、めずらしい」


 長老の娘のアンズがすかさず茶々を入れる。彼女は長老の最も近くに位置取っている。茶化したような口調だが、表情は真剣で前方に見えてきた村を見据えている。


「すぐに迎えに行きますか?」


 言葉は穏やかだが瞳には剣呑な光が宿っている。彼女の言う「迎え」とは村への攻撃部隊の突入を指しているのだ。アンズの言葉に同調するように、グニルもまた腰の剣に手を置いてじっと長老を見、攻撃の指図を待っている様だ。


「いや……ここは穏やかに、全員で村へ乗り込もうかの」


 長老は女子供を連れたまま、盗賊たちに蹂躙された村へ向かう様指示した。





 異変は突然起こった。


 オアシスから少し離れた場所に設けられた大きな天幕。その中に陣取っていた男達は、報告を受けて一斉に色めき立った。いずれも纏うローブの色は「黒」。黒いターバンに黒いローブ。黒ずくめの男達ばかり30人程がこの天幕の中にいる。

 報告の内容は村からと、オアシスからの2つ。

 まず村周辺を監視していた仲間からの報告は、付近にキャラバンが現れ、まっすぐに村を目指していると言う物だった。キャラバンには女、子供、老人もいて、商隊を装った盗賊や兵士の類ではないらしい。そしてオアシスを見張っていた者からの報告は、突然オアシスの湖面が渦を巻き、水位が下がったと云う物だった。


 前者はただの商隊とは言え、砂漠を渡る為の最低限の攻撃力・防御力を備えた一群である事には違いない。下手な干渉をされれば自分達の計画の障害になるかもしれない。後者は原因がはっきりしない以上、生命の源の水を湛えたオアシスの異変は前者と同じく由々しき事態だ。


「どうしますか!?」


 黒ずくめの1人が、最も奥まった位置に座っている男に向かって尋ねる。その男も天幕の中の他の男達と同じく全身黒ずくめだが、一際大きな体躯と、それに見合ったいかつい表情がいかにも盗賊の首領と思えるような迫力のある……あの村長と話していた「盗賊のかしら」だった。盗賊の頭は顔をしかめ、すぐ側の華奢な男に「どうしたらいい?」と目配せをする。どうやらこの華奢な男がこの盗賊団の実質上の決定役、参謀の様だ。


「同時に2箇所でこんな事態が起こるとは予想外でした。けれど、オアシスの水位が下がったと言うのはただならぬ事態です。近付いてくるキャラバンもさしあたって交戦状態になるとは考え難いですが、こんな時ですから油断は禁物です。まずはキャラバンの足止めをする必要があります。そしてオアシスの状況を確認し、キャラバンへの対処を考える事にします。とにかく村へ向かわなければなりません」


 天幕に集まっている男達を見渡しながら落ち着いた口調で言うと、華奢な男は盗賊団の頭に向きなおる。


「不測の事態が起こっているのかもしれません。急ぎましょう」


「けどアンダンタルさん、オアシスはどうするんだ?誰か調べにやらなきゃいけないんじゃないのか?」


 盗賊の頭が参謀に向ける言葉としては変に丁寧な印象を受けるが、これがこの2人の力関係を意味しているのかもしれない。アンダンタルと呼ばれた華奢な男は、頭の態度を気にする訳でもなく平然と聞き流している。


「それも村長に会えば分かる事でしょう」


「わかった」


 頭はどこかひっかかったままの様な不審気な表情だ。気にかかっていたのは水位の下がったオアシスの事だった。命の源のオアシス、それが何の理由もなく水位を下げたというのであれば由々しき事態だ。一刻も早く原因を突き止めたかったのだろう。だがこのアンダンタルの言葉には逆らえないらしい。


 すぐに黒ずくめの男達は隊列を組み、村へ向かって出立した。

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