第9話 洞穴の崩壊
それは人の耳では微かに捉えられるかどうかの密やかな音。独特の周波数で大気を貫く音は意外なほど広範囲に広がるが、その稀有なる音は、ある一定の特殊な者達の耳にしか届かない。
その
上空高くに身を潜めていたミアーナが、呼子の音に導かれるまま地表を目指す。
見る見る近付く黄金の地表。ついさっきシェラハ達を送り込んだ村。ゴツゴツした岩山。そして砂漠の中に見慣れた一群を見付ける。
黄金の中に、色とりどりの人の群れ。ミアーナの護るキャラバン達が、村のごく近くまで近付いている。呼子の音はまだ鳴り続けている。
強く、大きく翼を羽ばたかせる。
音の主に手を貸す為に。
キャラバンの長老が自分の姿を見て笑った様な気がした。人の目にはっきりと見える高度と速度では降りていないはずだが、そんな気がした。
一筋の影が地表を目指す。
影はあまりに速く、その姿を瞳に捉えられる者は誰もいない。長老以外には。
「ほほぅ、仲良くやっておる様じゃの」
一瞬にして地表に消える影。
次の瞬間、塔にいた村長は微かな揺れが起こっている事に気付いた。
この地に地震が起こる事など無い。けれど足元から微弱な振動がびりびりと伝わってくる。得体の知れない感覚が、まるで身体を這い上がる様に地面から伝わって来る。
「村長!?大丈夫ですか!これは一体何なのです!?」
扉の向こうから、外の見張りにあたっている婦人の狼狽した声が聞こえる。
「大丈夫です。それよりも、外の様子はどうですか?」
内心は驚愕しつつも声には出さずに、扉の向こうへ呼びかける。
「お、お待ち下さい」
たどたどしい足音が扉から離れて行く。塔の入り口の大扉が開く軋みが聞える。
この不愉快な振動は間違いなく、今3人が潜っている地面から伝わって来る。
この地面の中には、自分の可愛い孫がいる。
止めたにも関わらず、自ら進んで行ってしまった。目的は伝えてあったはずなのに。
開け放たれたままの洞穴の入り口に目を凝らすが、洞穴の中は相変わらずの暗闇が見えるだけだ。
足元から伝わる振動は徐々に強くなっている。さらに洞穴の奥から地鳴りの様な低い音までが響いて来た。なのに孫はまだ姿を現さない。村を継がねばならない自分の孫なのだから、危険な真似はするなと伝えた筈なのに、まだ姿を現さない。まさか自ら最後の岩盤を破ったのではないだろうか……。そんな事はあってはならないはずだし、よく言って聞かせてあったはずなのに。
いや、そもそもパミがあの2人に付いて行ったこと事態が計算外なのだ。
首尾良くキャラバンを連れて来られた所までは計算通りだったのだが。
妙な胸騒ぎがして、村長の表情が苦悩に歪む。
この細かな虫が足元を這い回る様な不快な感覚が、不吉な結果の前兆の様な気がしてならない。
祈るような気持ちで洞穴の入り口を見詰めるが、まだパミは姿を現さない。
そして、パミよりも先に結果が姿をあらわし始める。
洞穴へ目を向けた村長の表情が強張る。揺らぎ始めた洞穴の闇を見詰めながら苦しげに眉根を寄せる。
洞穴の階段には、徐々に黒くぬるりと光る水面が這い上がってくる。
これが見える前に孫は戻って来ていなければならなかった筈なのに。
洞穴の入り口近くまで水面は音も無く這い上がってくる。
いつの間にか振動は止まり、そして水も部屋に溢れる事無く、洞穴の中で、ピタリと上昇を止める。まるで計算したかの様に。
「ディアンタル……」
松明の光を反射した水面が、上昇の余韻を残してフワフワと揺れながら声の無い答えを返す。
「ディアンタル?いるんだろぅ?」
村長の搾り出す様な声だけが神殿内に響く。
洞穴の入り口にしゃがみ込んで、奥から現れる人影に目を凝らす。
しかしフワフワ揺れる水面もじきに動きを止めてゆく。
何者の影も現れない。
洞穴の中には動くものの現れる気配すらない。
この中には、未だ3人もの人間が入ったままだと言うのに。戻ってくるべき人間がまだいる筈なのに。
可愛い孫がまだ残っていると言うのに。
静まり返ってゆく塔。
わなわなと唇をふるわせながら、それでも諦め切れずに水の奥深くを覗き込む。
「ディアンタル――――――――ッッ!!」
村長の悲痛な叫びだけが響き渡った。
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