第8話 パミの勇気

 やがて洞穴は何の脈絡も無く行き止まった。


 通路が大きな壁によってすっぱりと遮られた様な途切れ方だ。

 その壁に触れると、固い石を触っているようなひんやりとした硬質な感触がする。


「これが『あとほんの少し掘れば完成する』のを遮ってる岩盤なんだな」


 ペシペシと壁を叩き、器用に松明を持ったまま腕を組んで考え込むイリジス。


「なんとか、崩せないかな」


 ガツン……と壁を蹴るシェラハに、パミが思わず息を呑む。


「あっっ……だめです!」


「へ?」


 2人の視線がパミに集中する。


「だってコレ掘らなきゃいけないんでしょ?」


 シェラハはツンツンとつま先で岩壁を突付きながらパミを見遣る。パミは、2人の視線が自分に集中しているのが気恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして、なにやらもごもごと口ごもっている。が、すぐに決心した様に顔を上げる。


「下手に掘って音を立てて盗賊達に気付かれたら、危険です!僕もこの壁を見てダメだって思いました!」


 必死で捲くし立てているらしい。更に大きく息を吸うパミ。


「このまま戻りましょう!イリジスさんも言ってましたよね」


 同意を求める、と言うよりもすがる様に、耳まで真っ赤になったパミがイリジスをじっと見詰める。


「そりゃ言ったけど」


 一息ついて、不自然に焦りだしたパミを改めて観察する。

 あと一息で抜け穴が完成するはずの地点まで、人質達を救出する為に覚悟をして付いてきたはずのパミなのに、諦め方が早すぎる。いや、これは「諦めた」と言うよりも、むしろ「躊躇している」か「怖がっている」様なのだが。本当に、「盗賊に気付かれる」のを怖がって、抜け穴堀りを躊躇しているのだろうか?そんな危惧の可能性は最初からあったはずなのに、今になって言うのはどう考えてもおかしい。

 諦め切れないシェラハが岩壁に触れようとするのを遠ざける様に、壁と自分達の間に立つパミ。

 岩壁に触れる事に異常な程の警戒心を持っている事は確かなのだが。


「……けどなんで、そんな必死なの?」


 言うイリジスの口調には何の感情も浮かんでいない。

 相手を詰問する時の話し方になってる……?

 シェラハはイリジスを確認するように見る。視線に気付いたのかこちらへ顔を向けてニヤリと笑うイリジス。


「シェラハは、ちょっとでも掘ってみたいよな?俺たちがやらなきゃ、誰にも出来ない訳だし」


「?そりゃそうだけど」


 シェラハにはイリジスの言わんとするところが分からない。自分だって掘れないと言ったはずなのに。


「そんなコトないです!あなたたちじゃなくても……あの、竜にやってもらいましょう!すぐに戻って頼んでください!それが良いと思います!!」


 瞬時にしてシェラハの周囲の空気がピンと張り詰める。


「竜って、ミアーナにやらせろっての?」


 食って掛かるようなシェラハの口調。急に怒気を顕わにしたシェラハに、パミがたじろぐ。意外なシェラハの反応に驚いたのもある。人の手では上手く行くかどうかも分からない作業だが、あの砂嵐を起こした異形の化け物ならば、もっと確実に成功させることができるはずなのだ。そんな合理的な提案をしたはずなのに、シェラハの反応はあまりに意外だった。


「ミアーナは俺たちの護り竜だって、分かって言ってんのかな?」


「そんなの関係ないでしょ!イリジス!あたしはミアーナだけに任せるのは嫌だって言ってるの!」


 他族の護り竜に土木作業をさせようと云う事など言語道断。本来ならイリジスの言い分が真っ当なはずなのだが、シェラハにはそんなことは関係ない様である。鼻息荒く正論を押し退け、自分の主張をするシェラハ。


「またそんなコトを……」


 シェラハの父のグニル同様に頭を抱えたイリジスである。


「とにかくダメです!掘らないで!戻って竜に頼んで下さい!!」


 弱気なパミがさらに食って掛かる。


「コレを掘るくらい、あたし達にだって出来るわよ!」


 岩壁を握りこぶしで思い切り叩きつけるシェラハ。


「だめです!さわらないで!!」


 思わず叫ぶパミ。

 叫び声が悲鳴に近い。

 必死な様子のパミは、どうしても自分たちをここから「何もさせずに」引き返させたいらしい。そして、竜であるミアーナに掘らせる事を強硬に言い張る。


「おい。パミ」


 冷ややかなイリジスの声が、割り込む。


「お前、何か俺たちに隠してるだろ?」


 どん、とイリジスが両手を壁につく。パミの自由を拘束するように、わざわざパミの顔の左右に視界を塞ぐように付いた手。

 そしてパミの目に映ったのは、飛び切りの笑顔のイリジス。


「お兄さん達に、洗いざらい、話してくれないかな?」

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