第5話 オアシスの村の村長
村は一見しては解らなかったのだが、中央を貫く大路以外は人がやっとすれ違えるほどの道幅しかなく、更に思い思いの向きに建てられた家々の軒がつらなった間を縫う様にはしっている為、さながら迷路の様相を呈していた。
「余所者にはこの辺を歩く事なんかできませんよ」
先頭に立って歩く婦人は、自慢げにシェラハとイリジスを振り返る。万が一盗賊に出くわしたとしても、この入り組んだ家並みならば、土地勘のあるものが逃げ切るのは簡単な事だろう。
「とんでもない村だと思ってたけど、侮れないものね~」
思わずシェラハが感嘆の台詞をもらす。と、婦人がかすかに怪訝そうな表情を浮かべて、最後尾を歩くパミを見遣る。シェラハ達もつられる様にパミを振り返るが、パミはふいに全員の注目を浴びたのが恥ずかしかったのか、赤い顔をして首をぶるぶる横にふってみせる。
「あ、べつにこの村のつくりが無用心だとか、そんな事を言ってたわけじゃありませんからっ……」
何かに気付いたのか、慌てて付け足すシェラハ。それでは無用心だと言っているのと同じだし、全くフォローにもなっていない。もぉいいって……、と諭す様にイリジスが静かにシェラハの肩をポンポンと叩くのだった。
細い路地としか思えない曲がりくねって入り組んだ道を、迷いない足取りでぐんぐん進む婦人のお陰で、4人は何者にも会う事無く、あっと言う間に塔のすぐ側までやってくる事が出来た。
家々の屋根の間から、塔の周りを取り囲む林の緑と、その中にそびえる赤レンガの塔の側面が、背後の黒い岩山を背景に浮かび上がる。路地からやってきた事で、自然と塔の横手から向かう形となったのだ。
ふいにぎっしりと連なりあっていた家が途切れ、緑にひらけた場所へ出る。眼前の景色は突如として林に変わる。
林は黒い岩山の裾野に広がっている。ここから先には家は無いが、この場所も路地と同じ様に、今度は木々が4人の姿を隠してくれる。
木立の中に見える側面から見る塔は、背面が岩山に接した形で建っているのがよく分かった。
「この塔の真裏、岩山の向こう側にオアシスがあるんですよ」
岩肌を見上げる婦人。決して高くは無い岩山だが、表面には草一つ生えておらず、ほとんど垂直に近い形で地面からせり出している。一見して解るゴツゴツした岩肌は、登ろうとする者の肌を容赦なく傷つけるだろう。だからこの村からオアシスへは、岩山を迂回するような道が作られているのだ。
ごぅ……。
低い軋む様な音をたてて、年代を経た一枚木で作られた塔の大扉が開かれる。
薄暗いホールに外の明かりが差し込み、正面に立っていた男の姿を浮かび上がらせる。
「どなたですかな?」
突然の来訪者にもかかわらず、柔和な笑みを向けてくるふくよかな老人。
「おじいちゃん!」
パミの叫びにシェラハとイリジスは思わず顔を見合わせ、次いで老人と、側へ駆け寄ったパミとを交互に見比べた。老人はぽっちゃりとした体格、対してパミは一族の女児と見紛うばかりのひ弱な体躯。2人とも何処か脆弱な印象は近いものがあるし、よく見ると薄茶色の瞳はお揃いで、顔立ちもなんとなく近いものがある。納得しかけた時、婦人が老人に向かって2人を紹介し始めた。
「村長様この方たちがディアンタル坊ちゃんの連れた来られた方々です」
「村長!?」
思わず声がハモる2人。
「ってことは、パミは村長の跡取りだったわけ!?」
通りで……。いくら定住地を持つ種類の人間だとしても、この砂漠に暮すにしてはパミの体格は頼りなさ過ぎると思っていたシェラハ。この苦労知らずの様な村長の血族だと聞いて大いに納得である。
「違うよ、村長は僕のおじいちゃんで、僕のお父さんが多分次の村長には一番近いと……」
もごもごと恥ずかしそうに言い募るパミ。
「どっちでも良いわよ。なんでパミがそんななのか納得」
パミがお坊ちゃんだと解った、それだけで充分なシェラハである。それにパミが年功序列で決められると言ったはずの村長の座だが、パミの父、現村長の息子が次期の最有力候補だとは、年功序列が聞いて呆れる。この村は、この村長の血族に牛耳られているのだ。ある意味、盗賊団よりもたちが悪いのではないかと、眉をひそめるシェラハ。
「血を流さずにって……ひょっとしたらこの村長をなんとかしろって事なのかねぇ」
イリジスがシェラハだけに聞えるように、物騒な耳打ちをする。
「なんだっていいわよ。長老様は行くなとも言われなかったんですもの。取り敢えず事の全容を聞きましょ」
何となく投げやりに答えたシェラハに、婦人から事情を聞かされた村長が、事のあらましを語り始めた。
盗賊団は何れも体格の良い黒ずくめの男達で、盗賊団の者全てが腰に大剣を帯びており、更に街の生命線であるオアシスを占拠されているので街人達は迂闊に抵抗する事も出来ないのだと言う。人数は40名程度で、オアシスの周辺に天幕を設えており、この街へもしばしばやって来るらしい。
また、村の男達は家族と離され、オアシスの側の畑で労働を強いられているとの事だった。街の働き盛りの男達を自分達の監視下に置き、民衆同士の結束を防ごうと言うのだろう。
それでも万が一、村人達が自分達盗賊団に逆らう様な事があれば、オアシスに毒を撒くと脅しまで入れる念の入れ様である。
「やっぱ叩かなきゃならないのは盗賊の方みたいね」
うんうんと、納得した様にうなずいて言うシェラハに、イリジスが慌てて付け加える。
「盗賊団を叩かなきゃ、働かされてる人質も危険だし、砂漠の生命線のオアシスだって危ないからな」
「それでも、迂闊に正面から手を出す訳にはいかないんですよ」
村長が重々しげに言う。そして更に2人に顔を近付け、声のトーンを落として続けた。
「私にちょっとした秘策があるんですが……手伝ってはいただけませんか?」
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