第6話 村長の思惑

「私にちょっとした秘策があるんですが……手伝ってはいただけませんか?」


 そう前置きした村長の口から紡ぎ出された内容は、現実離れした、破天荒にも程がある……といったものだった。



「オアシスまで抜け穴を掘って人質を助け出す?」


「しぃぃぃっつ!何処に誰の耳があるか知れません、お静かに願います」


 思わず声をあげたシェラハに村長が慌てて釘を刺す。

 塔へ入ってすぐ、吹き抜けのあるホールで顔を合わせた村長、シェラハ、イリジス、そしてパミと道案内の婦人たちは、『村長の秘策』について耳を傾けていたところだった。


「けど、一刻を争う事の対策にしては、とんでもなく悠長な提案じゃない?」


 イリジスに同意を求めるように目配せしながらシェラハは村長を見遣り、首を傾げる。


「あいにく突貫工事は、俺たち善良な商隊の仕事の範疇じゃないんですがねぇ」


 それなら盗賊退治は範疇に入るのかと思わず聞きたくなったシェラハだが、抜け穴掘りには同じ様に異議があるのでぐっと言葉を飲み込む。

 が、2人の異議を聞いてもなお村長の表情には、変化はない。秘策を唱えた時と同じ余裕の表情で、2人の疑わしげな視線を受けつつもどこかにこやかである。

 パミや、2人を案内して来た婦人も同様に余裕の表情、いや、こちらの2人はとっておきの宝物を見せる前の子供の表情の様に、どこか興奮を隠しているような、そんな表情である。


「こちらへどうぞ」


 村長が、シェラハ、イリジスの2人を奥の扉の中へ導いて歩き出す。

 怪訝に眉を潜めながら、どう云う事?と隣のイリジスを伺うが、向こうも肩をすくめて「さあね」と無言の仕草で返してくる。

 奥の扉を開けると、あの地下室のある祭壇を設けた部屋である。


「あなたはここで待っていて下さいね。何かあったらすぐに私に伝えて下さい」


 村長は、祭壇のある部屋の扉の前に婦人を残すと、ホールから部屋へ入る唯一の扉を慎重に閉めた。


「ここから先は、この村の、この塔の極秘事項ですからね」


 おもむろに、祭壇前の地下へと続く階段の扉に手をかける村長。

 長い年月に染められ、黒味がかった重い金属製の扉がゆっくりと開けられる。

 窓一つ無い、松明で照らされただけの薄暗い室内の中、ぽっかりと開いた地下への入り口は、中が全く見えない。


「奈落に向かってくみたいだな」


 イリジスがごくりと唾を飲み込む。


「いいえ」


 力強い村長の声。おもむろに、壁にかけられた松明の一つを手に取り、地下への入り口を照らす。ふわりと、床と同じ岩盤を削りだしただけの簡素な階段が蜃気楼のように浮かび上がる。


「これこそが私の秘策。オアシスへと通じる自由への洞穴、オアシスへ通じる村人しか知らぬ抜け穴なのです」


 自信たっぷりにそんな事を言われても、こんな暗くて狭い穴へ、はいそうですかと入って行く気には到底なれない……恐る恐る穴を覗くシェラハ。


「ただ、完成までにはあと少し……ほんの少し掘る必要があるのですよ」


 村長はにこやかに2人を見た。


「これどうぞ」


 パミが松明を2つ手にし、イリジスにひとつを差し出す。反射的に受け取るイリジス。だが表情はどこか釈然とはしていない様だ。


「あと、これも……ひっ!」


 強い力で腕を引っ張られたパミが思わず息を呑む。

 もうひとつの松明をシェラハに手渡そうとしたが、シェラハは松明を握ったままのパミの腕ごと引っ張り、側に引き寄せたのだ。

 パミの松明を持った右腕を、利き腕とは逆の左手で難無く捉えたまま、自分の方へ引き寄せるシェラハ。当然パミとは真正面から向き合う形になるが、シェラハのほうが背丈がある分間近で威圧的に見下ろす形になる。当のシェラハはそんな効果は計算していないが、パミは何をされるのか生きた心地がしない。


「あんたも来るのよ。パミ。どうせ今まで村を離れてて問題なかったんでしょう。それなら……、自分の村の事は最後まで見届けた方がいいんじゃないの?」


 意外にシェラハの声は優しかった。てっきり怒鳴られるか揶揄されると身構えていたパミは、あまりに意外なシェラハの言葉の真意を飲み込もうと、はじめて真正面からシェラハの表情を見る。

 てっきり睨んでいると思った。松明に間近に照らし出された表情は、確かに厳しかったが、漆黒の瞳は何かを訴える様な、どこか真摯な光を湛えていた。

 松明を両手で握りなおし、じっとうつむくパミ。

 何も言わず、パミは地下室の入り口を見、そして村長へ視線を移す。


「おじいちゃん!そうだよ!僕も行って来る!」


「なにをっ……何を言い出すんだパミ!」


 にこにこ顔だった村長の表情が、はじめて崩れた。暗がりで良く見えないが、孫を思い留まらせようと必死の形相なのは確かな口調である。


「お前が……いずれはこの村を背負って立たなければならないお前が、こんな……」


「こんな?」


 からかう様な調子のイリジスの声が割って入る。


「こんな危険な?こんな得体の知れない奴等と?こんな命の保証の無い?ろくな言葉に続かないのは確かよね~。今のは上手いわイリジスにしては」


 シェラハも続く。両手はパミから離し、腰にあてている。


「でも、この村の村長の孫のぼくだから、2人にお願いしたのはぼくだから、行きたいんだ。行った方が良いと思うの!」


 パミが、シェラハに手渡されるはずだった松明をしっかりと握り締めたまま村長に言った。


「けどお前は……」


 言いかけるが、2・3度首を横に振り諦めたように息をつく村長。


「わかった。そのお方たちと行っておいで。ただし、お前は私の孫だ。それは忘れないようにな」


「うん……?ありがとう、おじいちゃん」


 あやふやに頷いて、くるりとシェラハとイリジスの方へ向き直るパミ。


「じゃ、いこっか」


 パミを先に地下へ入る様、入り口を指差してうながすシェラハ。


「えぇ~っ!ぼくが先なの!?」


「あたしは松明持ってないし、部外者だし、ついでに言うならオンナノコだもん」


「ついでかよ」


 ぼそぼそとつぶやくイリジスにシェラハのすね蹴りが入る。


「……ところで村長。この抜け穴はどこにつながるんですが?出てみたら盗賊達のど真ん中なんて事ないでしょうね?」


 蹴られた事は微塵も感じさせない素振りと口調で話し出すイリジスに、シェラハは内心むっとしたが、確かにそうだ……と思う。


「大丈夫です。そんな事は断じてありません。この洞穴がつながるのは岩山を越えたすぐの所です。盗賊たちはオアシスを挟んで向こう側におります。岩盤をひとつ破れば、すぐにつながります」


 よどみなくすらすらと話す村長だが、視線は何度も孫のところへ向かう。


「つながった後は、どうやって助け出すんだよ……。人質のいる場所は?」


「それは皆様にお任せします」


 あっさりと言う村長に、2人はげんなりと肩を落とした。


「まぁ……いいわよ。もともと『血は流すな』なんて無理な条件付きなんだから、そのくらい突飛な行動の方が案外上手く行くかもしれないし。……岩盤ひとつ、それなのに出来てないってトコも引っかかるけど、取り合えず見て来ましょうよ」


「だな」


 言うとイリジスは踵を返し、松明を前にかざして地下へ続く階段へさっさと入って行ってしまった。


「あ、先越されたわよ!パミ。早く行かなきゃ!」


「は・はいっ!」


 慌てて後を追うパミと、その後を笑いながらゆっくりと付いて行くシェラハ。

 村長はそんな3人の様子を黙って見ている。2つの松明が洞穴の暗闇の中にどんどん溶け込んで小さくなってゆく。


「パミ。ばかもんが……」


 小さくつぶやいた村長の表情は、どこか寂し気だった。

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