第4話 ディアンタル坊ちゃんは不用心に扉を開ける

 突然の砂嵐が去った後、辺りの景色は一変していた。


 ラクダがフンと鼻を鳴らし、地面をこつこつ蹴る音に気付き、それまで固く目を瞑っていたパミはようやく目を開けた。


 あの突然の砂嵐のビュウビュウと言う強い音が耳にこびり付いており、肌に感じる風が治まった後も目を開けることが出来なかったのだ。ふいの砂嵐は砂漠ではよくある事だが、こんなにも忽然と、何の予兆もなく巻き起こる事など、パミには今まで一度も覚えがない。対して2人は何の反応も示していない。ただテキパキと身体に纏わりついた砂を掃い、手近な建物の影にラクダの手綱を括り付けている。

 上空を見上げるが、既にミアーナの姿は無い。


「あの……ひょっとしてここって」


「パミの指差した先が間違ってなきゃ、パミの街だけど。違うの?」


 不可解そうに片眉だけを吊り上げたシェラハに、思わずぶるぶると大きく首を横に振るパミ。ここは間違いなくパミの村なのだ。


「けど城壁みたいな、面倒臭いもんがナンも無くて助かったな。お陰で楽に入り込めた」


 短く刈り込んだ薄茶色の髪を撫でつけ、黒のローブを付け直すイリジス。

 確かに、この村には村を取り囲む壁どころか垣根も見当たらない。家々の終焉が村と砂漠の境界線となっている。

 村の奥まった場所には遠くからでもはっきり見て取れる巨大な黒い岩山があり、その直ぐ手前、岩山裾野の中央に塔、さらに裾野を彩る様に木々が生い茂る林がある。その林が途絶える辺りから家が立ち並び始め、林を包み込むように家々が軒を連ねて行く。林の中央に位置する塔から放射状に村が広がっているのだ。

 密集する家々の間隔は人がやっとすれ違える程度だ。


「家の壁が村を護る壁になってるのね」


 感心した様に言ったシェラハだが。


「村の中央には大路があって、砂漠から村の中央の長老様の塔までまっすぐに向かえるんだよ」


 得意げなパミの台詞に思わず頭を抱えた。


「無用心極まりないなぁ」


「ほんと。……さっさと盗賊さん達をやっつけて、村の人たちを教育する必要もあるかもね」


 脱力する溜息交じりの2人だ。が、のんびり脱力している間は無かった。パミが側の家の入り口に、明らかに中に入る意思をあらわに近付いていたのだ。2人は弾かれた様に走り寄り、今にも扉を開けようとしていたパミを取り押さえよう……としたが、間に合わなかった。パミの肩を掴むのと、パミが扉を開くのは同時だった。


「どなた?」


 中から聞えてきたのは、怪訝そうな妙齢の女性の声。

 ここの住人であるパミならまだ誤魔化しはきくが、2人は余所者だ。慌てて隠れようとする2人。


「あらまぁ!ディアンタル坊ちゃん!あんた今までどうしてたんだい!」


 大きな声。これじゃぁ、隠れてやってきた意味が無い。そしてパミが止めを刺す。


「キャラバンの人も一緒なんだ」


 無邪気な声音で、きっぱりと言い切るパミ。

 開いた扉から恰幅の良い女性が顔を覗かせ、キョロキョロと辺りを見回す。もう隠れていても仕方が無い……。観念した2人はパミに続いて女性の家の中へ入って行った。


 家の中には女性一人きりだった。夫との2人暮らしだったらしいが、今、夫は件の盗賊団に連れて行かれているという事だった。


「……で?ディアンタル坊ちゃん、このお人達が……例の?」


 婦人が2人に視線を送りながら、声を低くしてパミに尋ねる。視線は明らかに不可解な色の滲んだもの。

 確かに、村を救う為に年端も行かない少年が命の危険を犯してまで捜し求めた英雄が、こんな2人だとは信じがたいのだろう。

 一人は確かに体格は良く腕は立ちそうに見えるが、まだまだ年若く、そしてもう1人ときたら年若い少女である。それに万が一2人とも腕が立ったとしても、こんな若者2人に自分達が望む働きが出来るだろうか?甚だ疑問である。が、2人を揚々と連れ帰って来たディアンタルには、この2人の面前でその疑問を口に出すのは憚られる。

 婦人はパミだけを別室に呼び、小声で言う。


「あの2人がそうだってのかい?ディアンタル坊ちゃん、解ってるんですか?やってもらいたい事はただの悪者退治じゃないんですよ?いくらなんでもあの2人だけじゃあ心もとないんじゃないですか……?」


 ひそひそ言う声は意外と静かな室内にはよく通るものだ。隣室に残されている2人は苦笑する。にしても「ディアンタル坊ちゃん」とは、何と大仰そうな呼称だろう。

 とにかく、多少は腕に自信のある自分達だが、今は長老の命で剣すら帯びていない。そんな自分達が仮にも「盗賊団」と称されるような集団相手に「血は流さずに」どこまで太刀打ち出来るのか、全く見通しがたたない。しかし2人を紹介するパミの態度は実に堂々としたものだ。

 はっきり・きっぱりとした声音で婦人に言う。


「大丈夫だよ!」


 自信が無い訳ではない2人だが、そこまで無邪気に言われると、いささか不安になってしまう。


「この人達には、あの、凄いモノがついているんだから!」


 パミの自信はそこから来ているらしい。にしても、凄いモノとは酷い言い様だが、第一印象最悪だったミアーナの事を指しているのだ、仕方が無いと言えなくも無い。まぁ、本人に聞かれなかったのは幸いと言えよう。


「え?そうなのかい?」


 意外なくらいあっさりと納得した様子の婦人である。


「あの、納得して頂けたのなら協力してもらえませんか?少しでも早く解決したいですから、ここでのんびりしている訳にはいかないので」


 強引にシェラハがパミと婦人の間に割って入る。納得してくれたのなら、さっさと先に話を進めなければ。ここでいつまでもぐずぐずしている訳にはいかない。


「盗賊団の人数とか、根城にしてる場所とか、人質になってる街の人がいればそんな事とかも聞かせて欲しいんですけど」


 同じ様にパミと婦人の間、と言うよりシェラハの隣に割り込んで来たイリジスが補足する。


「あぁ……そうですね」


 やや考える素振りを見せて婦人が言う。


「でしたら、村長様の所へご案内します。わたしからお話しするよりも、その方が良いかと思いますから。塔まで来ていただけますね?」


 それきり婦人は村の様子については何も話そうとはしなかった。いつ盗賊に出くわすかもしてない村の中を歩くにはかなり抵抗があるのだが、婦人は頑として口を開こうとしない。まあ確かに、村の中心人物である長老とコンタクトが取れた方が事は運びやすいかもしれないが。


「私たちが盗賊団と出くわす事になったら、あなたにも危険が及ぶかもしれませんよ?」


 イリジスが確認する。余所者の自分達が、盗賊団に会ったなら交戦状態になるのは間違いない。しかし今の自分達は剣すら持ってはいない。他人の命まで護れるかどうかは解らない。そう伝えたつもりだったのだが。


「大丈夫ですよ。わたしがしっかりご案内しますから」


 解ってかどうか、婦人はにこやかに、胸を叩きながらそう言った。

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