第2話 黒ずくめの男達

 延々続く砂一面の景色。


 やがて水気を失い乾いた茶の姿へと変わり果てた植物が現れ、次いでちらほらと地表を這う様な緑が現れ……。


 そこで忽然とその村は姿を現す。




 一面の黄土色の中に、鮮やかなグリーンを纏う村。その様子を際立たせる様に、背後には暗褐色の岩山。この砂漠の中にひときわ異質な色彩を放つその村は、豪奢な宮殿が無くとも、美麗な彫刻を施した家々が立ち並んでいなくとも、この乾いた砂漠を彷徨って来る者の目には、さながらエメラルドの如く輝きをもって飛び込んで来ただろう。


 村にはカラカラに乾いた赤レンガを、窓と扉の部分を開けて積み上げただけの簡素な家々が立ち並んでいる。その家並みの中央を貫く様に荷車1台がやっと通れるくらいの幅の道が走っている。この道こそがこの村の要。200人余の村民を束ねる村長が、全ての村民を取り仕切る政を行う塔、そこへ向かう最短ルートである。塔は村の最奥に位置し、背面を岩山に接する形で建てられている。村の様子を隅々まで見渡せる様に、ひときわ高くそびえて村を睥睨する塔と、そこから村の外まで、村の中央をすっぱり2つに分断して走る道は塔の姿を村中に誇示し、またその塔に住む村長の権力をも現している。片寄せ合い連なって立ち並ぶ家々の様子は、この小さな村の住民達の親密さをも物語っている様だ。




 中天に差し掛かった陽があたりを燦々と照らす頃……。


 その通りの入り口に人影が現れた。


 影は5つ。迷い無い足取りで真っ直ぐに塔へ向かってゆく。急いでいるのか、大股で歩く足元で纏ったローブの裾がバサバサと音をたてる。5人の纏うローブの色はいずれも「黒」。黒いターバンに黒いローブ。黒ずくめの一群が、村を縦断する大通りの、往来の真ん中を歩いてゆく。黒でないのは一群の鋭い眼光と、それぞれが腰を結わえる帯に差したスラリと伸びた大剣の鞘。黒ずくめの集団はいずれもいかつい体格・面構えの男達だ。


 この道は代々の村長が住まう「塔」で行き止まる。


 男達は大通りを、迷い無くただ真っ直ぐに進んで行く。この男達の険しい表情からは、とても友好的な用件がある様には思えないし、小さな村の素朴な人種にも見えない。


 が、しかしこの男達を止める村人は現れない。


 何人かの村人達はこの5人の姿に目を向けはしたものの、関わり合いを恐れてか、誰一人詮索の声を掛けようとはしない。


 すぐに男達は村の最深部、背面を暗褐色の岩山に護られた赤レンガの大塔まで辿り着いた。


 ごぅ……。


 低い軋む様な音をたてて、年代を経た一枚木で作られた塔の大扉が開かれる。


「村長!準備は出来たか?」


 扉を開け放つと同時に響く、男の低い声。


 声の主は、黒ずくめ集団の先頭を歩いて来た男だ。5人の中では一際大きな体格で、いかつい顔とあいまって独特の迫力と存在感を生み出している。


 男達は慣れた様子で、塔の奥へと踏み込んでいく。


 3階建ての建物程度の高さしかない塔は、けれど平屋しかないこの村の中では一際高くそびえる。塔は上へ向かって緩やかに細くなって行く円柱形をしており、入り口から中央までの半分は3階までの高さを吹き抜けにした造りで、壁の所々に明かり取りの穴が開けられている。陽の高い今の時刻は明かり取りから差し込む光がほんのりやさしくホール内を照らしている。ここでは村の主だったものを集める会議などが催される。後ろ半分は、3階建てとなっており、3階と2階は村長やその家族の居住空間となっている。1階部分の壁は一部背後の岩山をそのまま利用する形となっており、岩肌はそのまま社の形に削り出され祭壇の用途にも利用されている。右へ行くと2階へ続く階段、祭壇の前の床には地階へ続く階段を隔てる扉がついており、普段は閉められているが今は開け放たれ、ぽっかりと暗闇が口を開けている。


 男達はその部屋まで一気に踏み入って来た。地階へ続く扉が開いているのを見て、男達はその前で立ち止まる。


 その暗闇の中でゆらり……と明かりが揺れ、続いて階段を登る落ち着いた足音が聞こえて来る。


かしらですか……?盗賊の頭がこんな時分に一体何の用なんです」


 相手の迫力に気圧されもせず、気丈に言う老人の声。暗闇の続く階段を照らす松明を手にした老人がゆっくりと姿を現す。ぽっちゃりした体格に鮮やかなグリーンの上衣を纏い、パミと同じゆったりとした焦げ茶のパンツをはき、白髪を刈り込んだ頭部には、小さな赤い帽子をちょこんと乗せている。たっぷりとした衣に包まれた大きな体躯だが、それは老人を厳めしくは見せず、どこかコロコロとした愛嬌のある雰囲気となって現れている。男達と比べれば圧倒的に小柄な老人だが、いかつい男5人を前に、毛ほども動じない様は、頭と呼ばれた黒ずくめの男とはまた違った迫力を感じられる。


「なぁに、大した事じゃあないんだが……」


 頭は微妙に笑みを含んだ表情でちらり、と4人の黒ずくめに目配せをする。


「ちょっと良からぬ噂を聞いたんでね」


 老人がかすかに眉をしかめた。






 一方、砂漠では1人の父親がそわそわと落ち着かない様子で、しばしの休息の為に繋がれたラクダ達の間を右へ左へとうろうろ歩き回っていた。シェラハ達の出立からは1時間余りが経とうとしている。


「ふぉっふぉっふぉ……グニルよ、お主相当シェラハの事が心配でならん様じゃの」


 側の急拵えの天幕の中にあぐらをかいていた長老が、長い髭をさすりながら、いまだうろうろと落ち着かない男に声をかける。男は悪戯をとがめられた子供の様に、ギクリと肩を竦めると、出来得る限りの平静な笑みを浮かべた表情で、長老へ向き直った。


 見れば、このキャラバンの護衛団長・ことグニルである。


「そんな・事はありません。長老様が大丈夫だと言って下さったんです。間違いがあろうはずがありません。私の不肖の弟子は、あの通り今ひとつ落ち着きのない気性ですが腕は確かですし、何よりミアーナ様までがご一緒して下さっているのですから。心配など・とんでもない」


 そう言いながら、グニルの視線は3人と1匹が消えた地平線へとまた向けられ、足元はどうにも落ち着き無くそわそわと動いている。長老は声を立てずににっこり笑いながらその様子を見ている。


「よいよい。親が子を想うのは、当然の理じゃよ」


 グニルがまたギクリとして長老へ視線を戻す。瞬時にして頭までを真っ赤にしたグニル。長老にずばり言い当てられたのが余程恥ずかしかったのだろうが、あくまで表情は冷静を装っている。


「申し訳ありません。心配は無いと頭では分かっていても、あの通りのじゃじゃ馬ですから、何をしでかすか気が気でならんのです」


 長老の側にいる他の者達も笑いを噛み殺している様子だ。いつもグニルはシェラハが出掛けて行くと、戻るまでこんな風に落ち着きの無い様子でいる。かと言って、無理に引き止める様な過保護な真似はしない。砂漠へ連れて行くと決めた時に、自分で身を護れるだけの方法は叩き込んだ。お陰で並みの男よりは腕が立つ。それが分かってはいても一人娘の行動にはいつもピリピリさせられている。それだけシェラハは活発だと言う事なのだが。


「親譲りの気性ですもの、じっとさせておくのは無理というものでしょう」


 長老の側で風を送っていた妙齢の女が、笑みを隠そうとせずに言う。


「ぁん?アレの母親はあんな・ではなかったろう」


 肩眉を吊り上げて、怪訝そうに言うグニル。


「えぇ、良く知ってますよ。あの街では私達にもとてもよくして下さいましたからね。よくお喋りもしましたよ。けど、親は母親独りきりではないでしょう」


 ここまで言われてようやく気付いたグニルである。ふてくされた子供の様にプイとそっぽを向く。その様子を見てくすくすと声をたてて笑う女。


「これ、アンズ。グニルをそうからかうものでない」


「ごめんなさい、お父様。だってグニルったらあんまり鈍感なんですもの。けど、あなたと一緒になったあの方も、なかなかどうして……大した方だと思うわ」


 女は長老の娘であり、グニルの長年の友人でもある。目ざとくグニルの膝が貧乏ゆすりの様にまたソワソワと動き始めたのを見付ける。


「まぁ、落ち着きなさいな。お父様にだって・ちゃあんと・考えがあるんだから。ね?」


 わざと強く発せられた『ちゃんと』に、行動を起すなら早く言ってよね!との長老に向けての言外の意思が含まれているのに気付いてか、ふぉふぉふぉ‥‥と笑う長老。


「長老?」


 グニルの目にすがる様な表情がわずかに浮かんでいる。


「全く、娘と云うやつには本当に困ったもんじゃて。もぅ少しばかりゆっくりとして行くつもりじゃったんじゃがな」


 老人とは思えない、素早い所作で立ち上がる長老。幾重にも巻きつけられた首飾りのシャラリ‥‥と鳴る音に、辺りにいたキャラバンの皆が視線を向ける。


「どれ、ほど良く時も経った事じゃ。皆の者!出立の準備を整えよ」


 そこここで、静かに、だが速やかに出発の準備が始まる。ラクダ達も気配を感じてか、どことなく落ち着かない様子になる。


 グニルがポカンとした表情でいるのに気付いたアンズは、軽くグニルの背中を叩く。


「ほら、早くラクダに乗りなさい。折角協力してあげたのに無駄にする気?」


 またまた頭まで真っ赤になってゆくグニル。長老がこちらへ歩いて来るのに気付くと、アンズは道を譲って側へ移動する。


「グニル。年寄りのワシにかわって皆に行き先を伝えてはくれぬか?」


 にこやかに、ただそれだけ言う。けれどグニルにはそれで充分伝わったらしい。


「ミアーナ様達の後を追うぞ!」


 キャラバン護衛隊長の力強い声が響いた。

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