第1話 オアシスの村の異変

 少年の村は、砂漠の中に点在する小さなオアシスのそばにあり、住民皆が顔見知りで、200人程度の村民が肩寄せ合って生活している。村を治めるのは年齢順、村一番の長老の役割で、近くに他の村も無く、これまで取水権で争う事も無かった為、さしたる自警団も無かった。その虚をつかれ盗賊団によって水源であるオアシスを占拠されているのだという。

 村とオアシスは全長1km程の道で結ばれ、その道の両脇には、オアシスの豊富な水源を利用した畑が広がっていると云う、この砂漠の中にあってなんとも恵まれた村だ。盗賊団に狙われるだけの事はある。その盗賊団たちはオアシスを占拠するも、村民は村に留め、働かせて収穫を手に入れ、その代償に僅かな水を供給するらしい。


「なんて良い拠点を見付けたのかしらねぇ。賢い盗賊さんね」


 感心したようにシェラハが呟いた。


「こんの馬鹿ムスメが!!ちったぁヒトの話を聞け!」


 怒鳴ったのはシェラハの父、グニル。横を向いてしまったシェラハの正面で、またまた薄くなった頭までを赤く上気させ、両腕を苛立たしげに振り上げている。2人の隣には、仲間達の囲む大きな輪が出来上がっており、長老のそばに背中を丸めて居心地悪そうに座った少年が、自分の村の境遇をひとしきり語り終えたところだ。

 シェラハは勝手にラクダを乗り回し、隊列を乱し、よもすれば危険の伴なう個人行動を取ったので父に怒られていたはずなのだが‥‥。


「もぉ良い、良い。グニル」


 老人のかすれた声ながら、優しく、力強い響きを持った長老の声が2人に向けられる。

 真っ白な胸まで届く髭に、橙色のターバン、ローブ、そして幾重にも巻きつけられた首飾りを付けた小柄な老人。彼がこのキャラバンの長老でありリーダーだ。


「お騒がせして申し訳ありません…本当にいつもの事ながら困った娘です。アイツにはまた後でキツク言っておきます」


「構わんよ、グニル」


 目を細めている長老


「ミアーナ殿を特別扱いするのもどうじゃろうて‥‥あの方もまだまだ成長段階にある御方。シェラハと同じじゃて。2人が競い合うて高めあうならそれで良いではないか。ミアーナ様を殊更特別扱いする必要もあるまい。それがあのお方の為でもあるよ」


 ふぉっ、ふおっ、ふおっ‥‥。と、実に愉快そうな笑い声までたてられてしまっては、これ以上怒っている訳にもいかない。グニルは不承不承といった様子でシェラハにぼそりと、


「もういい‥‥」


 と呟いたのだった。





 少年の名前はパミと言った。正確にはパミディアン・デルティ・アンダンタルなどと言う仰々しい名前だったのだが、先の「女神様」騒動を目の当たりにしたシェラハは到底そんな名前で呼ぶ気にはなれず、おどおどした頼りないこの少年に似合った名前っぽい‥‥という事で、勝手にパミと縮めてしまったのだった。


「パミ。なんであんたみたいなひ弱‥‥その、か細‥‥じゃなくって、良い育ちの子が1人で砂漠の真ん中にいたわけ?」


 早速シェラハが、先刻からずっと疑問に思っていたことを聞く。


「パミじゃなくって‥‥せめてディアンタルとか‥‥」


 ぼそぼそと呟く少年。


「何?パミ」


 円陣の対角に座っているシェラハには聞き取り難かったらしい。悪気はないのだが、パミにはそれが強い口調に思えたらしい。


「パミで良いです‥‥」


 おどおどと弱気に呟く。


『 だから はっきりと しゃべったらどうだ!? 大方の 予想は ついているが 』


「ひっつ‥‥‥!!!」


 突然聞こえた、聞き覚えのある声に過敏に反応するパミ。上空から悠然と降下して来た飛竜が、円陣の中央に、パミの正面に着地する。


「ミアーナ様なにか分かりましたかな?」


 隣のパミとは対照的に、にこやかに、ゆったりとした口調で正面の飛竜に聞く長老。


『 オアシスに 黒服集団が いた 』


「ほほぅ。黒服とは、いかにもそれらしい者だのぅ」


 長老の言葉を聞いたパミが、急に生き生きとした表情になる。道を知らない旅行者が、やっと自分の目当ての場所を見付け出せた様な感じだ。今までとはうって変わって、前のめりの姿勢で、円陣を組んだ皆に語りだす。


「そっつ‥‥‥そいつらが僕たちの水を奪った奴等なんです!御願いです!僕等を助けてください!!僕は助けを呼ぶ為に、村を代表して砂漠に出たんです。旅の仕度もしないで、ただ散歩する様なふりをして‥‥僕は子供だから、外に出ても何にも出来ないってアイツ等は油断して‥‥だから僕が村の代表で。それでっ‥‥‥助けて下さい!」


 一気に捲くし立てるパミに、驚嘆の視線を送ったシェラハとミアーナ。


「守り神のミアーナに怯える小心者のくせに、良くそこまで堂々と話せたわねぇ。褒めたげる。ぁいたっつ!」


 シェラハの隣に座ったグニルのゲンコツが、後頭部に小気味良い音をたてて当たった。苦々しい表情でシェラハを睨むグニル。


「人様の一大事に何てこと言って茶化すんだ、この馬鹿ムスメ!」


「最後までちゃんと聞いてよ!こんの短気オヤジ!」


 他のキャラバンのメンバーは、やれやれと言った表情で、このやり取りを見ている。

 長老はまたしても、機嫌の良さそうな笑い声を上げている。


「じゃあ言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」


 苦虫を噛み潰した様な表情のままでグニルが促すと、シェラハはすっくと立ち上がってパミの方へ向き直り、胸を張って大きく息を吸い込んだ。


「あんたみたいなひ弱な子が頑張ったんだから、このあたし、キャラバン・スザーク族の護衛団長グニル・エンデの1人娘、シェラハ・エンデが自ら手助けを買ってあげる」


『 シェラハが行くなら 私も 行くぞ 』


 すかさずミアーナも言う。

 が、ミアーナの方は、何処かへ遊びに行く様な、どこかワクワクした表情だ。

 思わず頭を抱えたグニルとは対照的に、にこにこ笑っている長老。


「いいでしょ?長老様!」


『 ミアーナも 行って来る 』


 何処かへ遊びに行く了解を取っている様な、あまりに危機感の無い口調に、依頼者であるパミが目をパチクリさせている。


「いいよ。行っておいで」


 長老の台詞に、さらに目を瞬かせるパミ。行って・おいで?何だか他人事のような長老の口調に、思わず首を傾げる。


「やったぁ!んじゃ長老のご了承も頂けた事だし、護身用に剣ちょうだい!お父さん」


 父の腰に差した半月を描く短剣に手を伸ばそうとした時。


「ただし、血は流してはならん。よって武器は無用じゃ」


 長老の厳かな声が響いた。反射的に動きが止まるシェラハ。なに?その条件‥‥と。ピシャリ、と剣の鞘に伸ばしかけていた手をグニルに打たれて、ようやく止まっていた思考が動き出す。


「女の子1人危険なのにぃ~~~!?」


「その危険にいつもいつもいつもいつも‥‥いつも自分から突っ込んでいくヤツが何を言っとる」


 ふんっつ!と大げさに鼻を鳴らすグニル。


「あ、じゃあ俺が一緒について行きます長老様。上官のお嬢様の護衛って事で」


 それまで黙っていたイリジスが、ふいに口を開いた。そうじゃないのに‥‥泣きたい様な面持ちでイリジスと長老を交互に見遣るシェラハ。シェラハは剣が持ちたかったからごねていただけなのだから‥‥。しかし長老の言葉は、絶対だ。逆らう事は許されない。‥‥と言うより、数々の苦難を乗り越え、数々の経験をつんでキャラバンを率いてきた長老の、人生経験からもたらされる洞察力の鋭さは並大抵のものではない。

 無視した結果が、ろくでもなかった事は、シェラハは充分経験済みだ。


「そうじゃな。グニルの一の弟子のお前が一緒ならシェラハも安心じゃろうて。但し、剣は置いていくのじゃぞ?」


 また長老が、にこやかなままだったけれど、イリジスにも念を押す。


「へいへい。確かに承りました」


 ツカツカと長老に近付き、グニルと同じ半月形の短剣を長老の前に置くイリジス。そのまま、躊躇しているパミの腕を取って立たせ、さらに反転して円陣の対角へと進み、呆然としていたシェラハの肩を軽く叩く。


「行くぞ。‥‥‥お嬢様は俺がお護りいたします」


 グニルに聞こえない様に耳元に口を寄せて、悪戯っぽく笑いながら、小さく囁くイリジス。


「余計あぶないんじゃないの‥‥‥」


 げんなりした表情で言いながら、シェラハは急いで大股で歩くイリジスの後を追った。

 ミアーナは、静かに円陣の中央から、また大空目掛けて羽ばたき出す。

 歩き出したイリジスとシェラハ。見送る円陣の人々。イリジスに引き摺られる様にして歩いていたパミが堪りかねて口を開く。


「まってよ!まさかこんな・女の人と、あんたの2人だけで村に来るって言うの!?」


「2人でじゅーぶんだろ。それにミアーナ様がいる」


 そっけなく答えるイリジス。


「イリジスはどうだか知らないけど、あたしは大丈夫よ。何とかしたげる。なんたってあたしは女神様なんでしょ?」


 自信満々に笑顔で答えるシェラハ。「女神様」の言葉にイリジスが片眉を上げてナンダソレ?と反応を示す。


「あ・あの時は、あの時で‥‥‥」


 瞬時に顔が真っ赤になるパミ。おどおどとシェラハとイリジスの顔を交互に見遣る。


「まぁ、大丈夫だ。長老様も武器はいらんと言っていたからな。さ・とっとと行くぞ!」


 軽やかに笑うイリジス。

 楽天家イリジスと、根拠の無さそうな自信家のシェラハ‥‥‥この2人に何を言っても無駄かもしれない。とにかく村の状態を見てもらおう、そうすればもう少し冷静に考えくれるかも知れない‥‥。どんどん村へ向かって進んで行くパミはそっと小さな溜息をついたのだった。

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