第4話 疾走と救済的エゴイズム

 大天使長襲来の兆しがあった、ほんの数十分後のこと。

 

「なんっで、あんた達まで付いてくるわけ!?」

「だって、こんな機会なかなか無いだろう?」

「あたしだって、部屋にひとりでいるの不安だもん」


 ネオンはレンタルのワゴンを荒々しく運転して、光の消えた十番街を疾走していた。街の喧騒の中を、エンジン音が突っ切る。

 その助手席にはロキが、後部座席にはシーシャが座っている。


「ロキはともかく、シーシャ! 危ないんだからヴェルヴェットのとこにでも行ってなさいよ!」

「だってヴェルさんはフルーレティ様の部下だよ。絶対いま忙しいよ」

「私だって仕事中だけど!?」

「いーじゃん、ネオン引っ越しちゃうんだから、ちょっとでも多めに一緒にいたって、ねえ?」

「あは、いいさ、ワタシもついていることだし気楽にいこうよ!」

「ホント緊張感のない奴ら……!」


 ネオンはアクセルを踏んだ。

 なぜこんな時に十番街の外れに向かっているのかというと、それは切なる依頼を受けたからで。


『娘が、貴族様の結界の外にいるかもしれないんです。だからどうかお願いします……!!』


 街の光が消えた直後に、ネオンに飛び込んできた依頼。

 安全圏である結界外に、逃げ遅れた住民がいる可能性があるなら。

 ネオンは愛銃を片手にアパートを立とうとした。


 するとシーシャとロキが一緒に行きたいと駄々を捏ね出して、この始末。遊びじゃないんだぞと言ってやりたくても、事件好きな悪魔たちがこんな状況下で大人しくいられるはずがなかったのである。

 口笛が、真っ暗な空に響き渡る。街の喧騒は決して、パニックによるものではなかった。まるで、楽しいお祭り騒ぎのソレだ。

 とはいえ貴族の結界が尽きてしまうか、結界外で万が一にも攻撃に巻き込まれたら死ぬことには変わりないから、ずいぶん過激なお祭りだ。


「さすがに外は走れないって! 結界ギリギリを周るから、辺りに誰かいないか見るの手伝って!」

「おっけー」

「任せたまえ」


 結界へ近づけば近づくほど、市街の悪魔たちの熱狂は遠ざかり、代わりに飛び込んでくるのは激しい魔力の流れ弾の音。

 吹っ飛んできた看板を避ければ、車のタイヤが小鹿のような悲鳴を上げた。









「飽きました、ヴェルヴェット」

「レティ様、そんなことを仰っている場合ではないでしょう」

「単純作業は退屈なんですよー」


 屋根の頂に座って、ヒマそうに街を眺めているのは、悪魔貴族フルーレティ。

 隣には従者のヴェルヴェットも控えている。


「……なんだか、異様な光景です」

「”アレ”に比べたら、私たちなんてちっぽけですねえ」


 フルーレティは遥か遠くに降り注ぐ魔弾の光を眺めて、ぼやいた。

 傍目にはただ高い所で黄昏ているようにしか見えない彼女だが、頭上には巨大な魔力陣を喚び、街全体に強力な結界を張っている。


 見下ろすのは彼女が治める街。愛おしい十番街。


「たとえ街が壊れたって、魂さえ残るなら、私がいくらでも新しいカタチに戻してあげられるんですけどね」

「レティ様、それは……」

「ああヴェルヴェット、わかっていますよ。あなた達の価値観とは相違があることを。だけど不死でない者の気持ちも尊重したいから、私はいつだって肉体ごとあなた達を守るつもりですよ」


 ヴェルヴェットは複雑そうに、太腿の上で指先を組んだ。


「私にとっては、この土塊の身体を失えば、私は私でなくなります。しかし、レティ様の考えでは、それは逆なのでしょう?」

「容れ物は重要じゃないんですよ。そんなものはただの飾り、あるいは檻です。その奥に潜む魂こそが何よりも素敵です」


 イタズラに自らの腕だけを獣に変化させて、フルーレティは微笑む。


「身体なんでいくらでも造れるし、再生できます。しかし一度零してしまった魂は、もうどこからも掬いあげられないんですよ」


 変化した腕を、すぐに元に戻す。思えば以前までは自らの肉体にすぐに飽きていた、とフルーレティは思い起こす。

 飽きるたびに形を変え、そして再びやって来る倦怠にうんざりし、姿を変え。

 永いことそうして来たのに、この人間のカタチに近い身体は、不思議とそれほど変えたいと思わない。

 地上での滞在、人間との出会い。そして失ってしまった魂への未練なのか。


(……ネオンさん)


 変われぬ悪魔は自らの掲げる愛を信じる。

 愛とは施し。与え、与え、与え、与え、与え、与えることこそが彼女にとっての愛。

 この愛が他者の愛と矛盾したって構わない。蠱毒の虫のように、生き残った愛だけが尊い。

 永き時の中で洗練された貴族の矜持プライド自我主義エゴイズム


 失わないで。変わらないで。

 愛に溢れた素敵な街を、ずっとずっと守ってあげるから。









 無骨なワゴンが暗闇を跳ぶ。


「いた! 間の悪いひとたちだ!」

「こんな時に街の外に出てるなんて、不運だね」

「それでも生きてんだから悪運強いんじゃない?」


 ネオンが操る車体が、豪快に土煙を上げる。前方には身を屈めて、魔力嵐の中を進む少女がふたり。

 合図されて、シーシャが後部ドアを大きく開く。車を飛び降り、「やあ」と微笑んだロキが、相手の反応を待つ間もなく首根っこを掴んで車内に引き摺り込んだ。

 ハンドルはとうに安全地帯へと向かって切られている。


「迷子になっていたのはキミたちだけかい?」

「は、はい……」


 突然の出来事にぽかんと固まっていた少女たちは、困惑しながらロキを見た。


「ネオン、ロキさん、私たち怪しまれてるよ」

「当たり前でしょ。ロキあんた、もっと丁寧に連れて来られなかったの?」

「だって、カッコよく決めたいじゃないか! ワタシが映えるように」


 アクセルを強く踏み込めば、車体がネオンに代わって溜め息を吐いた。

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