幕間 古びた誰かの記憶:2

『異端者を殺せ!』

『悪魔崇拝者を殺せ!』

『殺せ! 犯せ! 地獄に還せ!』


××××××××


 大人たちの汚い足音が、すぐそこまで迫っている。

 捕まれば、ただの死よりもおぞましい屈辱が待っているだろう。


「やられる前に、殺すしか、ない」


 私の手の中には、あの悪魔からもらったハンドナイフがあった。

 だけど、どう頑張ったって不可能だ。小さな少女が村の大人を全員殺すなんて。


「お姉ちゃん、私も、一緒に」


 そう言う妹の脚からは、ひっきりなしに血が流れている。

 ここを出てもどこにも行けない。


 私たちは助からない。

 どうせ、助からない。


 なら、全員地獄に堕ちちまえ。


「お姉、ちゃん、」


 それでも、この子、この子だけは。

 私は妹を強く抱きしめた。

 この子は何も悪くないのに。私と、血が繋がっていたばかりに。


「ごめんね」


 強く、抱きしめた。

 その胸に深くナイフを突き立てながら。


「私あんたのことが大嫌いだったから、だから……一緒に地獄へは行ってあげられない」


 妹の瞳に絶望が浮かぶ。しかし、その唇はどこかほっとしたかのような矛盾を孕んで、わずかに微笑んだ。


「お姉ちゃんは、ずるいよ……」


 汚い私が、唯一あなたのために出来ること。

 きっと、それは永遠に、私との繋がりを断つこと。

 次の人生があるなら、どうか報われて。私の知らないところで、幸せになって。


 やがて動かなくなった魂の容れ物を振り返ることなく、少女は歩き出す。ナイフの代わりに、松明を手にして。向かう先は、油のある地下室だった。


「さよなら、もう二度と会わないことを願ってる」


××××××××











 私は、なんのために生きていたの?


 せめて何か、意味のあるものになりたかった。


 意味のある何かになりたくて、

 意味のある何かを成したくて、

 意味のあるどこかに行きたくて、

 私は、





××××××××


 焼け落ちた村の跡地に、立ち尽くして。

 間に合わなかった、と嘆く悪魔の手には、たった一片の白い花弁だけが握られていた。

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