第6話 ”今”の願い

「……もの凄い音がしたけど、キミたち、何をやっていたんだい?」


 ロキとヤドリが、粉々に砕けたコンクリートの床を見下ろす。

 灰色の破片の上にぺたりと座り込んでいるのは、気まずそうな顔をしたフルーレティだ。ネオンも、ばつが悪そうな顔でロキ達を迎えた。


「で、結局これ、どっちの宝石が先に割れたの?」

「さすがにわかりません」

「私の攻撃であんたごと壊したんだから、私の勝ちでよくない?」

「それは認められませんよ! ネオンさんの自殺点だって含まれてるんですから!」


 どうやら二人の世界だったみたいだね、とロキは自分たちを棚に上げてヤドリの顔を見る。


「……別に今さら、勝敗なんてどうだって良いよ」


 ヤドリはロキから顔を逸らして呟いた。


「はー……勝負ってなると妙に熱くなっちゃって疲れた」

「楽しかったですね。そもそもここ、娯楽施設なんですよ」

「そんなん忘れてたな」


 フルーレティが瓦礫から立ち上がるのを、ロキが手を引いて助けた。


「貴重な機会をありがとう。おかげで、彼女と腹を割って話せたよ」

「どうも、問題は解決しましたか?」

「それは……どうだろう。ワタシたち、やっぱりまだ時間が必要みたいだ」


 ロキが寂しそうな笑顔で笑う。


「安心してくれ、勝敗には関係なく、ワタシはもう無理やり彼女に近づくことはしないよ。だから勝者の報酬には、もっと他のものを望んでいい」

「いや、それがどっちが勝ったかわかんないんだって」

「ええっ? 上級悪魔相手に勝ちは厳しいと覚悟していたのに……キミが、ワタシの魔具で相打ちをもぎ取ったっていうことかい!? すごいよ、これは偉大な実績だ!」

「勝てないと思われてたのは腹立つけど……私も、あんたの研究が凄いってこと思い知ったよ」


 ロキは、ネオンに握手を求めた。


「ワタシの理想を活用してくれて何よりだよ。ええと……」

「ネオン。十番街ボディーガードのネオン」

「覚えておくよ。もちろん報酬のこともね」


 ネオンは固くその手を握り返す。


「おい、ロキ」


 ヤドリが、ゆっくりと口を開いた。


「なんだい?」

「ロキ。……確かに私は、お前が望むものを返せる自信がない。お前の我儘にも付き合えない」

「……うん」

「だが、”今は”だ」


 ヤドリは大きく瞳をひらいて、真っ直ぐにロキを見据えた。


「……十番街に来るときは、事前に連絡を入れろ」

「へっ?」

「あと、長居するな。手土産は必ず持ってこい。それがお前にしてほしいこと、だ。勝敗関係なく望むが、構わねえだろ?」


 ロキは、まるで大輪の花がひらくような、今までに見せたことのない顔をした。


「……いいの?」

「時間が必要だ、って言ったろ。……フン、いくら時間をかけたってお前にとって良い結果にはならないかもしれないけどな……」

「ううん、充分だよ……ありがとう」


 威勢の良い大天才がしおらしく微笑む姿を見れるのは、おそらくこの瞬間だけだろう。

 背を向けたヤドリは一足先に、帰還ゲートへと歩き出す。


「じゃあな、ロキ。貴族サマもありがとな。今度、改めて礼をする」


 フルーレティは、ひらひらと手を振って見送った。


「礼には及びませんよ~」


 移ろいなんて無いはずの仮想の空が、少しだけ近くなったような、そんな心地がした。ロキは、フルーレティとネオンの顔を交互に見つめる。


「また、あの子と仲良くできるといいな」

「はい、ご健闘をお祈りします」

「ありがとう。そうだね、叶うはずだよね」


 そして、自分に言い聞かせるように、言葉に強く意思を込めた。


「この地獄にさえ、きっと不変なんて無いんだ。悪魔も世界も同じじゃない、いつか変わる」


 ロキの言葉に、フルーレティの喉がわずかにピクリと震える。


「……それは」

「だからこそ、もう一度あの子を手に入れるために頑張るよ。それに、ワタシはワタシの研究も諦めない。変化には覚悟を伴う。当たり前だけど、そうしてワタシたちは前に進めるんだ」

「あー、その考え好き。不変、っていうのは裏を返せば、最悪なこともずっと続かない、って意味でしょ?」


 ネオンが賛同すれば、ロキは陽気にウインクで応えた。

 フルーレティだけが不安そうに無言を返す。


(誰が何と言おうと、変化は悲劇です。それに……間違いない、ネオンさんは、あの時死んでしまった人間の少女。でも大丈夫、もう死なせません)


 秘かな誓いが、誰にも悟られることなく育っていく。


(この街にいる限りは、今度こそ私が護ってあけます。ずっと、ずっと)



 不変なんてない。

 変化には、覚悟を伴う。


 その事実を、ふたりの悪魔は、正反対の感情で捉えていた。









「あっ! ヴェルさん、それズルだよ!」

「ズルではございません。れっきとした戦術です。……まあっ……!」

「ふふーん、そう簡単に負けないから」

「やりますね、シーシャさん……! 本当にゲームは初めてなんですか?」

「ヴェルさんこそ、実はコッソリやったことあるんじゃないの?」



 その後、屋敷に戻ったネオンとフルーレティは、対戦ゲームで勝負するシーシャとヴェルヴェットの争いに乗り、大人げないもう一勝負が行われることとなるのだった。





【完】





第四章の登場人物



ネオン・ライト

趣味:特になし、強いて言えば仕事

十番街のボディーガード。とっても負けず嫌い。

もとは地獄に堕ちた人間。生前の記憶は無い。


シーシャ

趣味:ネットサーフィン(主に服や食べ物を見る)

戦闘能力が皆無ゆえ、ネオン達の遊びに混ざれないのがちょっと不満。

でもヴェルさんがたくさん構ってくれたので満足。


フルーレティ

趣味:悪魔観察、娯楽と感じたもの全般

変化を恐れる悪魔貴族。変化イコール魂の死、という死生観をもつ。

独自の価値観で十番街と、そこに住む住民を愛している。


ヴェルヴェット

趣味:アクアリウム(最近)、ゲーム(最近)

フルーレティ邸のメイド長。主人の前だとちょっとだけ辛辣。

シーシャのことはなぜか放っておけず、たびたび気にかけている。



ドクター・ロキ

種族:悪魔(黙っていれば初対面でよく上級悪魔と勘違いされるので黙っている)

天才的な頭脳と、肉体の再生能力に特化した研究者。七番街在住。

自らの研究を通して『すべての悪魔に、平等に力を得る機会を与える』という信念を持つ。

ゆえに色々と敵が多く陰の苦労も多い。


ドクター・ヤドリ

種族:悪魔

広く万能の知識を持つ秀才。今は十番街で街医者をしている。

ロキのかつての相棒兼助手であり、尊敬やら憎悪やらが混じった感情を長らく持て余していた。

名前の由来は、ロキの元ネタと縁のある『宿り木』。

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