編集者視点②

 何だか突拍子もない、ものすごい話を聞かされた後だったせいで、原稿を読んでも上手い事感想にできなかった。事実は小説より奇なり、を小説家がしたら駄目だろう。今回の短編も面白かったはずなのに霞んでしまったような気がする。


 誤字脱字チェックを軽く行って(持ち帰って会社で本格的にするつもりだ、今は冷静に出来る気がしない)、先生念願のタブレット端末講座の時間となった。若ければ電子機器に慣れている、なんてかなりの先入観だと思うけど、取扱説明書を読み自分のスマホを使うことで起動に成功したので、あながち間違っていないのかもしれない。


 メモ帳機能の使い方を教えて、とりあえず今日の役目は終了した。帰り際に、「試しに何か願ってみるかい?」なんて言われたけど、とても恐ろしくて試す気にはなれなかった。


 原稿が入った封筒を胸に抱きながら、先生のお宅の最寄り駅に向かう。歩を進めながら、徐々に落ち着いてきた頭で考える。


 


 話としての筋は通っていると思う。しかし、やっぱり猿の手なんてのが実在すると信じる方が難しいし、私は実際に改変された文章や本を見たわけじゃない。

 もしかして、デジタルデビューしたかったけれど、自力では出来なかったのをごまかすために、猿の手の剥製にかこつけたストーリーを作ってそういうことにしたのではないか?


 なんて思考を巡らしているうちに改札に着いてしまった。まだ時間はあるし、戻って真実を確かめようか? まぎれもなく事実だったら、私は何を願う?


 ──いや、やめておこう。どんな経緯があろうと、結果として先生は原稿を早く書き上げ、私は早く帰れる。それで十分だ。


 猿が名文を執筆しようと、私は先生の編集なのだから。

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無限の猿の手 半私半消 @hanshihanshou

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