第6話 背景の殺人2



 どうもおかしいと思ったが、どこから見てもふつうの男女だ。年齢は二人とも三十代後半くらい。

 おそらく夫婦だろう。劇場は人目につきやすい場所だ。そこで腕を組んで歩けるのは、正式な夫婦か、ジョスリーヌのような未亡人とその愛人くらいだ。


「あらそうだわ。伯父さまにお土産も買っておきましょうよ。せっかく皇都に来られるんだもの。喜んでもらいたいわ」

「伯父上は猟がお好きじゃなかったか? 猟犬か馬なんていいね」

「でも、もうお年だから、猟はされないんじゃない?」


 今度は伯父を歓迎する話に変わってる。何かの聞きまちがいだったか。


 二人が馬車に乗りこむのを見ながら、ワレスはジョスリーヌにたずねた。


「あの二人の名前を知ってるか?」

「ええ。フォヴォンヌ子爵夫妻ね。ラ・ミルジュ侯爵家の一門だわ」

「どんなやつらだ?」

「どうして?」

「いいから」

「どうってことないわよ? まじめでつまらない人たちだわ。夫人のほうは孤児院を持っているわね」


 では、やはり気のせいか。慈善事業に力をそそぐ女が妙なことに首をつっこむわけがない。


 そのあとはジョスリーヌの屋敷へ帰って、愛の営みだ。旅のあいだはさすがに女の肌にふれることもなかったので、彼女をひとりぼっちにさせたおわびに、入念に、優しく、かつ激しく捧げる。すっかり満足して寝入ったので、小耳にはさんだ男女の会話のことなど、朝までには忘れていた。


 数日後。

 今度はマルゴと先日の料理店へ。マルゴにはロベールの城へ助けに行ったほうがいいと言われたから、報告もかねて郊外の屋敷から誘いだした。


「お友達は助けることができた?」

「あなたのおかげで、ロベールは死なずにすんだ」

「だから言ったでしょ? 行かないと後悔するって」

「そのとおりだ。ありがとう。マルゴ。今日は奢るよ」

「嬉しいわ」

「たまにはこういうのもいいだろ?」

「そうね」


 傷ついた過去から逃れるために、ずっと自分の屋敷にひきこもってきたマルゴ。

 彼女がワレスと出会ったことで、こうして少しずつでも日常をとりもどしてくれるのが嬉しい。


「ここは鹿肉が美味いよ」

「あなたに任せるわ」


 そして、またドランゲン城の活躍を語る。マルゴは黙って耳をかたむけている。


「——もうまにあわないというそのとき、奥の暗闇から悪魔の手が……」

「まあ、怖いわ」


 ワレスは口をつぐんで、マルゴの手をにぎる。大丈夫、怖くないよ、おれがいる、と目で伝える。見つめあっていると、優しい時が流れていく。


 ところが、そのときだ。

 となりのテーブルにカップルがすわった。なにげなく見ると、この前の男女だ。たしか……そう、フォヴォンヌ子爵だったか?


 ほんとによく会うなと思った。でも、気にしてはいなかった。高級店に来る人間はかぎられている。常連なのだろうと考え、マルゴとの会話を続ける。


「——でも、それは悪魔ではなかったんだ。争う兄弟の手から、今まさに命を奪おうとする毒杯をふりおとし……」

「あなたが助けたの?」

「残念ながら、おれじゃなかった」

「じゃあ、誰なの?」

「誰だと思う?」

「わからないわ。わたしはあなたじゃないんだもの」


 そのまま盛りあがっていると、となりもゴチャゴチャ話しだす。


「どうする。もう期日がないぞ」

「困ったわね。このままじゃ、あの女の思いどおりになって……」

「だから、盛ったほうがいいよ」

「伯父さまが式の前に倒れてしまえば」


 おやおや? カモとマスはどうなったのだろうか?

 ずいぶん物騒な話にすりかわっている。


 思わず、ワレスはそっちに視線が行った。しっかりと夫人と目があう。

 夫婦は急に黙りこんだ。不自然すぎる。他人に聞かれては困る内容なのか?


 ワレスはたまたま目があったふうを装い、かるく目礼して、マルゴとの会話を続ける。興味を持っていないと思わせたのだ。


 夫婦はまた話しだした。ただ、声はささやくようになり、内容までは聞きとれない。ますます怪しい。


(誰かを殺そうとして……まさかな?)


 もう気にしないことにしよう。きっとこの前のようにお芝居の話をしているだけだ。

 せっかく外出したがらないマルゴをつれだしたのに、楽しんでもらえないのでは申しわけない。


「さあ、次はどこへ行く?」

「お任せするわ」

「じゃあ、競馬場かな」

「あら、こんな夜にゲームがあるの?」

「いや。近ごろ、おれは馬主になったんだよ。今日は練習に来てるはずだから」

「いいわ。行きましょう」


 マルゴの手をとって競馬場へ行ったあとは、馬とたわむれ、マルゴの屋敷へ帰った。そこは皇都の中心から少し離れている。片道二刻だ。何日か泊まっていくのが通例だった。


 しかし、翌日、昼ごろに目ざめると、ワレスはマルゴの屋敷をあとにした。自分でもバカバカしいと思うが、あの子爵夫妻の会話が気になってならない。


(ちょっと、調べてみるか?)


 いらないお世話だ。

 若い夫婦が伯父をもてなすためにカモをしめたり、船を出してマスを釣ったりしようとしていただけ。……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る