第6話 背景の殺人3



 郊外のマルゴの屋敷から帰ってきたものの、やることがない。ワレスはカフェに入って昼食をとる。


 すると、なんということだ。

 目の前にあの夫妻がいる。テラス席に老人と五十代くらいの女とともにすわっていた。


「伯父さま。よくいらしてくださいましたわね」と、夫人の声が聞こえてきた。

 あれがウワサの伯父かと、ワレスはチラリとそっちをうかがう。白髪のやせた男はすでに七十代なかばではなかろうか。


「そちらがお話のゴードレール夫人?」

「うむ。未亡人だよ。おたがい余生がさみしいのでな。いっしょになろうかと」


 なるほど! それでわかった。

 金持ちの伯父が若い(と言っても子爵夫妻より二十も年上だが)女と再婚し、遺産をとられる前に二人、もしくは伯父を殺してしまおうとしているのだ。


 だが、まだ確証がない。

 ワレスは黙ってパラソルのかげから観察する。


「それだけど、伯父さま。本気なんですの? だって、ずいぶんお年も離れているし……」

「なぁに。私は気にしないよ」


 気にするのは女のほうだろう。二十も年上の男と結婚するのは、どう考えても財産目当てだ。


「でも、ヴェロニカはなんて? リュシアンは?」

「まあ、反対しとったがね」

「そうでしょうね。伯母さまはいいお母上だったもの」


 伯父には娘と息子がいる。ならば、爵位は息子のもの。家系によっては生前に爵位を譲位することがあるから、財産の管理もすでに息子がおこなっている可能性だってある。つまり、財産目当てという法則が成り立たなくなる。


(変だな。財産目当てじゃないのか?)


 たとえば女が平民で、ただ貴族の仲間入りがしたいのなら、二十年上の老人とでも喜んで結婚するかもしれない。


 ワレスは気になったので、カフェを出ていった。そこからもっとも近い場所にある愛人の宅は商家だ。豪商の夫人であるリデルは店にいた。リデル自身もかなり年の離れた夫と結婚している。


「お店に来たらダメと言ったじゃない。あの人に怪しまれるわ」

「今は?」

「取引さきに出かけてるけど」

「なら、いいじゃないか」

「悪い人ねぇ」


 夫のいないすきを狙った早急な愛も、危険をはらんで興奮する。ものの数分で満足させたあと、ワレスはたずねる。


「フォヴォンヌ子爵夫妻を知ってるか?」

「ええ。うちのお得意さまよ」

「じゃあ、その伯父上のことも?」

「ラ・ミルジュ侯爵さまね?」

「伯父が一族の長なのか」


 それなら、たしかに家名を狙って入りこもうとする女はいるだろう。子爵夫妻はそれを阻止しようとしているのか? 伯父を殺してでも?


「伯父に再婚の話があるよな?」

「あるわね。うんと年の離れた」

「あんたと旦那くらい」

「わたしはほんとに主人のこと好きよ」

「わかってる」

「でも、なんて言ったかしら。あの夫人」

「ゴードレール夫人?」

「そう。それ。黒いウワサのある女ね。死の未亡人というの」


 ごたいそうな二つ名で呼ばれている。


「なぜ?」

「彼女と結婚した男はみんな死ぬから」

「みんなって、何人くらい?」

「三人じゃなかったかしら」

「ふうん……」


 初婚が二十歳と考えても、三十年のあいだに三人の夫が亡くなる……それは多すぎる。


「そのウワサ、ほんとだと思うか?」

「さあ。どうかしら。ウワサには尾ひれがつくから」


 そう。そこだ。ゴードレール夫人は稀代きだいの悪女なのか、それとも、ただのウワサにすぎないのか。


「だいたいわかったよ」


 基本の情報は手に入れた。が、まだたりない。

 ワレスが帯をしめなおそうとしていると、リデルが大胆に迫ってくる。


「ね、ワレス。お小遣いをあげるから、もう一回、おねだりしてもいい?」

「……しょうがないな」


 それで半刻、出遅れたが、問題はないだろう。

 子爵夫妻が毒を盛るとしたら、晩餐のときだ。以前、そう話していた。婚約者のゴードレール夫人は結婚するまで老人には手を出さない。


 そのあと、ワレスは裁判所にかけこんだ。ジェイムズに会うためだ。


「やあ、ワレス。今日は何か?」

「ゴードレール夫人の死んだ三人の夫なんだが、死因はなんだったのかな?」

「ゴードレール? ちょっと待って」


 夕方までジェイムズと二人、古い裁判所の記録を読みあさった。ジェイムズが閑職でよかったと、つくづく思う。


「はい。これで全部だよ。裁判所に残る死亡記録」

「ああ」

「役に立った?」

「ああ」


 女には優しいが、男にはそっけない。しかし、それでも、ジェイムズは犬みたいに嬉しそう。


「ところで、ラ・ミルジュ侯爵が近々、結婚式をあげるそうなんだが」

「それなら、明日だね。アレイラ神殿が支度を始めてるよ」

「そうなのか」


 となれば、やはり決行は今夜。フォヴォンヌ邸に乗りこむしかない。


「ジェイムズ。おれといっしょに晩餐へ行こう」

「それは……友人として?」

「いや。役人として」

「やっぱり」


 ジェイムズは深々とため息をついた。



 *



 フォヴォンヌ子爵邸は皇都の貴族区のなかにある。一門のミルジュ侯爵家は領主系だが、フォヴォンヌ子爵は小さな領地を持つ廷臣だ。

 日が落ちて黒くシルエットになった庭木のあいまから、屋敷の明かりがもれている。


「ここだな」

「いいけど。もし何も事件が起こらなかったら、私はどうしたら?」

「おまえのうち、近所だろ?」

「まあ、歩いてでも来れるかな」

「だったら、ミルジュ侯爵の結婚祝いを述べに来たんだと言えばいい」

「わかったよ……」


 あきらめた感じのジェイムズをひきつれて、いざ、ワレスはフォヴォンヌ子爵家へ乗りこんだ。

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