第六話 背景の殺人

第6話 背景の殺人1



 皇都に帰ってきた。

 雄大な景色の田舎でのんびりするのも、たまにはいいが、ワレスにはやっぱり都会のほうがあう。


 たぶん、一人になって考えごとをする時間が増えるから、静かな生活にはむかないのだ。そういうとき思いだすのは、必ず、失ってしまった過去のことだから……。


 喧騒けんそうのなかで何も考えずに楽しいことだけしてすごすほうが、ずっと気楽だ。都の雀たちはかしましい。


「あんたと外で晩餐を食べるのもひさしぶりだなぁ。ジョス」

「あなたが勝手にジェイムズと二人で旅に行ってしまったんじゃない?」

「文句を言うならジェイムズに言ってくれよ。首輪にクサリをつけて、ひっぱっていかれたんだ」

「ジェイムズがそんなことするわけないでしょ」


 まずはやはり、後見人でもあるジョスリーヌの機嫌をとって、近ごろ評判の高級料理店でごちそうを堪能する。


 貴族の屋敷にはたいてい専属のシェフがいるが、この近辺には劇場や闘技場、競馬場などの娯楽施設が密集している。屋敷に帰る手間をはぶいて、外で食事をとる貴族も多い。そういう金とヒマをもてあました連中のための、とびきり美味い店だ。


 ジョスリーヌは口では責めるようなことを言っているが、ワレスと二人でデートをするのが嬉しいようだ。表情はご満悦である。


「それで、旅先ではどうだったの? やっぱり、事件があった?」

「ああ。招待されたヴァランタン家には大昔から竜の呪いがかかっていたんだ」

「まあ、怖い。話して。話して」


 ジョスリーヌのためにドランゲン城での体験をかなり大げさに話しながら、鹿肉のステーキのオレンジソース仕立てだの、ルーラ湖産キャビアのゼリーあえだの、都会らしい料理を口に運ぶ。


 この店はまだ流行りだしたばかりで、貸し切りの個室がない。広いエントランスホールにいくつもの丸テーブルがならび、そこにさまざまな人々がすわって食事と会話を楽しんでいた。


 ほとんどは貴族のカップルだ。豪華な衣装を身につけ、大粒の宝石を惜しげもなく夜会でもない席につけてくる人種。晩餐のあとは観劇か何かに出かけるのだ。


 一つずつのテーブルはそれなりに離れているものの、隣席だとどうしても会話が耳に入る。


「……伯父上の好物は太ったカモの肝臓だろう?」

「わたしはルーラ湖でしかとれないマスの塩漬けだと聞いたけど」

「どっちもメニューに入れとけばいいじゃないか」

「それもそうね。気に入ってくれたらいいんだけど」

「気に入るさ。おまえの招きなら、どんな料理だって」


 伯父を招いて晩餐会をするらしい。まあ、貴族ならよくある話だ。


「それで、ワレス。地下の迷宮でどうなったの? ああ、おもしろそう。うずまきの迷宮だなんて。わたくしも行ってみたかったわ」


 ジョスリーヌがさきをうながすので、ワレスは自分たちの会話に戻った。


「あんなの貴婦人の行くところじゃないよ。地下は暗くて湿ってるし、まわりは毒の壁だぞ」

「お芝居みたいね」

「そうだな。お芝居の題材にしてもいい」


 そろそろ、そのお芝居が始まる時間だ。ワレスはジョスリーヌのためにエスコートし、椅子をひいて立ちあがらせる。そのときにもまだ、さっきのカップルは話していた。


「……だから、しめたほうが絶対いいって」

「そうかしら。船のほうがよくない?」


 まだカモかマスかで迷っているようだ。皇都は平和だなと、ワレスは思う。


 場所が変わって劇場。

 夜の部が始まった。


 今の演目は以前と同じだが、昼と夜で配役を一部、変更されている。


 昼間は悪女役をロレーナ。王子と悪魔の一人二役をグランソワーズ。まだ姫役がふさわしい若いロレーナだが、悪女も迫力があって、すぐに人気になった。清楚なヒロインは以前どおり、サヴリナ。


 そして夜は今までどおり、マリアンヌの悪女、フローランの悪魔と王子。だが、ヒロインがマリアンヌの娘、エルザだ。


 この配役代えが話題となって、昼と夜、何度も見くらべる人があとを絶たないという。

 ワレスが皇都を出たときには、まだエルザは舞台に立っていなかった。ワレスも認めた才能が花ひらくのを見るのは感慨深いものがあった。


「うまい配役だな。フローランは悪魔役を演じるには実力不足だが、そこをマリアンヌがうまくカバーしてる。まるで魔女が純情な悪魔を誘惑してるみたいで、エルザの清廉せいれんなお姫様と、いい対比になる」

「ロレーナの悪女もすごいのよ。あの子、まだまだ伸びるわね」


 観劇が終わり、そんなことを話しながら、ワレスはジョスリーヌとともに大階段をおりていた。


 するとまた、どういうわけか、料理店でとなりにいた男女が前を歩いていた。

 今日はほんとに彼らと縁がある。カモにするかマスにするか決まったのだろうか?


「あんなふうに自分の夫をあっさり殺せるなんてスゴイ女ね」

「まったくだ。しかも誰も疑ってない」


 さすがにお芝居の話題をしている。自分の夫である王を殺し、王位を奪った悪女についてのようだ。

 マリアンヌの悪女はたしかに十八番おはこだ。感心するのはわかる。

 しかし、そのあと、彼らは奇妙なことを言った。


「これで何人めだ?」


 何人?

 芝居のなかで悪女が殺すのは、王一人だが?

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